王手飛車(王手飛車取り)

最近メディアで頻繁に使われるようになった将棋用語「王手」と同様、この言葉も良く耳にされると思います。
「王手」の後に「飛車」が付くとどのような意味になるのか、少し詳しく書いてみたいと思います。


「王手飛車」は両取りの一種です。
両取りとは、一手で敵の二つの駒に「取り(逃げなければ取るよ)」を掛けることです。
「王手飛車」は、その「両取り」の対象の駒が「王様」と「飛車」である場合に限って使われる将棋用語です。

下の二枚の断片図をご覧下さい。
典型的な「王手飛車」です。

左は数あるバリエーションの中でもっとも出現頻度の高い、角による王手飛車。
右が俗に言う「桂馬のフンドシ」による王手飛車。

将棋は王を取られたら負けですから、落語のネタのように飛車を逃げるわけにはいきません。
つまり、「王手飛車」を掛ければ最強の駒である飛車を確実に手に入れることができます。
ただし、王手飛車を掛けた自らの駒を敵に取られてしまう状況では、おおよそ、その限りではありません。
注−成立する場合もあります。その一例が最下段の二枚の図。

「王手飛車」はチェスに擬えれば「キングとクイーンの両取り」に相当します。
共通項は「一番、能力の高い駒を取れる」ことです。
<王手飛車>と<キング、クイーン両取り>の効能の比較は微妙です。
クイーンの性能は将棋の「飛車+角」ですので取れれば大きな利得です。
しかし、将棋には飛車とクイーンの値段差を埋めるルールがあります。
それは、チェスと異なり取った駒を自分の持ち駒として使える事です。
(チェスのみならずチェスと祖を一にする世界各地の如何なるゲームにもみられぬ、日本将棋独特のルールです。)

このように有力な手段である「王手飛車」は過大評価されがちです。
その理由は偏に、盤上で一番の大物を釣り上げる 爽快感 です。
他の手に劣ることが判っていても、誘惑に負けて採択してしまう。
このような経験を将棋を指す者ならば誰もがしていると思います。
一度は名人位まで登り詰めた、あの加藤九段でさえ奨励会入会以前には「王手飛車」ばかりを狙う少年棋士だったそうです。

強手!「王手飛車」も駒損と引き替えだと骨抜きです。
対手の飛車一枚と自らの駒二枚以上との交換、即ち「二枚替え」を伴う「王手飛車」は、有力手として成立しない場合が大半です。
前に述べた「取った駒を使える」という将棋独特のルールのせいで、交換時に発生する損得差がいわゆる出入り勘定で二倍になるからです。
(2−1)×2=2 or 2×2−1×2=2 or (2+2)−(1+1)=2 or (2−1)−(1−2)=2

ならば、「二枚替え」で損をした挙げ句の「王手飛車」が常に有効手たり得ないかというと、そうでもありません。
相手に複数の駒を渡しても、飛車を手に入れたことによって、
その損を補って余りある手段が生ずるか、言い換えれば、相手に駒得を帳消しにして余りあるデメリットを負わせられれば成立します。
飛車という高性能な武器は、手にして生ずる手段も、また即ち、失った時の傷手も多大です。
もっと安い駒ならば、このような状況(一枚を得るために二枚を失った側が有利)には、まず、なりません。

上級者同士の将棋では、「王手飛車」の可能性が以前の段階から両者の読みの内にあって単純には実現しません。
また、上級者は多くの手段に精通していて「王手飛車」はその中の一つに過ぎず、特別な思いは抱いていません。
これもまた実力者同士の対戦に「王手飛車」が滅多に現れない所以です。

とりわけ、プロの対局では、「王手飛車」をめぐって読みの中で鎬を削ることはあっても、盤上に具現することは極めて稀です。

ただ、次のような例外はあります。

*必然の手順

*ウッカリ

我々のウッカリとは次元が違いますが、以下のようなことも(極めて稀でしょうが)起こりえないとは言い切れません。

「王手飛車」は「おうてびしゃ」、「王手飛車取り」は「おうてひしゃとり」と発音します。両者は同じ意味です。

記述と文責 中森進一 / 本稿主旨の最終更新 2006年10月10日

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