愉快な仲間たち/ところどころ懐古趣味

・生まれつき

まだ物心も付かぬ幼児期、壊れた柱時計をあてがわれて一日中でも遊んでいたそうだ。
油だらけになるのを見かねて祖母が取り上げたという話だ。 機械仕掛けを好むのは生まれつきらしい。

・ハム.レディオを知る

アマチュア無線なる趣味の存在を知ったのは小学 三、四年生の頃だっただろうか。筋向いの電気屋(松本ラジオ)の店員さんが「僕はハムなんだ」と免許証を見せてくれた。

鉱石ラジオのキットを買ってもらって組み立てたのも、このころだ。

・ティーチャーストップ

最初にハムの免許を取ろうとしたのは、中学一年のときだ。

このときはクラスの担任に止められた。
「今は基礎を学ぶ大切な時期で、趣味の資格を取るのは尚早だ」と言われた。

そのうち無線への意欲が萎えてしまった。

・当時、付与されていたコールサイン

近所(といっても400メーターほど離れていた)にあった電気屋さん(栗原電気)の息子さんがハムの免許を取った。彼は私と同年齢の中学一年生だった。
特に付き合いはなかったが、母親同士が何かの折に話をして、免許取得の件を聞かされたそうだ。

昭和35年、西暦でいえば1960年当時、彼に下りたコールサインは、JA1JDRだった。

一度も局免の更新をしなかったようで、私が空に出始めたころにはアマチュア無線をやめてしまっていた。
当然、交信したことはないし、もちろんアイボールもなかった。

しかし、何故かQSLカード(データー欄ブランク)だけは持っている。どのようないきさつで得たのか、全く覚えていない。

機会があれば、お会いしたいものだと思っている。

・高校時代

高校に進むと、休み時間にオール自作のトランシーバーで遊ぶ物理部員(秦君)、通学定期の範囲を伸ばして下校の途中に秋葉原による級友(深町君、exJA1SZZ)などに触発され、それまで、たまにしか買わなかったCQ誌を定期購読するなどして自己啓発に努めたが、ほかにも興味をそそられるものが多々あり(とくに将棋)、免許取得には至らなかった。

・時計の音

免許は取らなかったが5球スーパーでSWLをやっていた。

7Mhzを受信していると、バンド中をマスクして聞こえてくる局が居る。
exJA1SOY局だ。透き通った変調音でバックに時計の音がいつも聞こえていた。

右の写真はSWLカード。SWLナンバーと地番はマスクした。当時の住居表示は西巣鴨だった。1970年ごろに北大塚に変わった。
ちなみに現在のJARL所在地=南大塚は山手線の線路を挟んで逆側。この当時、JARLは巣鴨にあった。

・免許取得

大学一年の春、所用で大久保通りを歩いていると、屋根を貫いたパンザマストに八木が上がっているのを見つけた。衝撃的な眺めだった

このアンテナの持ち主が高校(海城学園高校)の後輩(ex JH1AAK)に当たることが判って、急に免許取得に気分が傾いた。

その年(1966年)に従事者免許を、翌年(1967年)に局免許を取った。

・フォーンパッチ

21Mhzで辺りを睥睨する圧倒的な強さで飛び込んでくる信号があった。KG6AQY(グァム)のオーヴァーシーズフォーンパッチトラフィックだ。
ひたすら強くヤカマしかった。

・整流管のグロー

高校時代の同級生で私と同じ頃免許を取ったJH1FUCと連れだってexJA1BUD西村OMのお宅におじゃました。
といっても、OMのお宅はFUC局の近くで、アポイントは彼が取り、私は一緒に来ないかと誘われたのだ。

OMはデモストレーションに自作のCW送信機(使用球は4P60かP220だったと記憶している)で試験電波を出してくれた。
キーダウンすると机の脇の暗がりにある電源の整流管が青白いグローを発する。

この輝きも、また、私をハムの世界の深みへと誘なった。

・渋いねー

ローカルのJH1CVNは初交信のときから馴れ馴れしかった。後に親しくなったJA1QWFの中学の後輩だった彼とは、21Mhzや50MhzのAMで毎日ラグチューした。

彼のTX15Sの信号はキャリアを入れてもらわなくてもAM受信機で十分に再生できた。(キャリア漏れで)
彼がリグを置いた机を微かに動かすだけで周波数も動く。QSO中にバンド外にすっ飛んでいってしまうことも、よくあった。

使用中のリグをメンテしながら交信を続けるといった乱暴なこともした。

50Mhz専用に改造したTX88Aで送信中に変調器のドライバーの真空管を交換した。
スタンバイするとCVNがその時の様子を、、「球を抜くとき、すごい音がしたよ」、、「キコ、キコ、、、コッキーーン、だって」

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・全部短点

JH1CVNがことあるごとに言っていた。「かわいそうなんだよ、、だって、短点ばかりなんだもん」
「トトト、ト、トト」、exJA1SEI局とJH1CVN局のQTHは共に文京区大塚で春日通り(国道254号線)を挟んだ東と西。無線を使う必要がないほどの超ローカルだった。
大塚周辺の地域クラブで私もお世話になった。

・無駄遣い

大塚から巣鴨方面への急坂を登り切ったところにJA1PYW局がいた。

QSO中に誘われたので、exJH1GLNと一緒に、おじゃますることにした。

坂の下まで来たときにGLNが「疲れた、この坂登るのしんどいからタクシーを拾おう」と言い出した。
「この坂の上だよ、100メートルもない」、ところが、「タクシーで行く」と言ってきかない。

たまにしか通り合わせないタクシーを苦労して拾ってPYW宅に着くと、GLNが「目と鼻の先じゃないか」

右は最初のQSLカード。コールサインは弟と連名。飯田橋で写真館を営む従兄に作ってもらった。真空管を立たせるのに苦労したらしい。

・クロスモデュレーション

PYW局の近くには警察と消防署があり、頻繁に緊急車が周辺を走る。

シャックに通されたとき、折しもパトカーがサイレンを鳴らして前の道を通りかかった。
PYW-OMはタクシー機改造の管球式430Mhzトランシーバーの上で丸くなっていた猫を抱き下ろすと、上カヴァーを外し、横に並べてある50Mhz送信機の外部VFOを上下逆さにひっくり返してトランシーバーの上に重ね餅にした。

すると、、あら不思議、警察無線が受かるのだ。

・エクスプロージョン

PYW宅で目にした430Mhzトランシーバーに魅せられたexJH1GLNと私は秋葉原のジャンク屋でタクシー機を手に入れて430Mhz用に改造した。

電源の組み立てを終わり、試験をするために通電すると。シュルシュルと、いやな音がしばらく続いた後、、

突然、バーーーーン!、の、大音響!

、、「、、ダッ、、、ハ、、」、、、「、ナ、、ナ、、ナン、ナ、ナ、、ナ、」、、

電解液の霧の立ちこめる中、コンデンサーの内容物が細かい切れ端となって螺旋状の煙を引きながら無数に舞い降りてくる。

しばらくして、ようやく、ことの次第が飲み込めた二人は、視界を遮っていた霧や塵の修まりかけた室内を見渡した。

「おい、あれ、、」、、GLNが指し示す先を見ると、ポテトチップスのように拉げた円盤が部屋の隅に転がっていた。

恐る恐るラジオペンチでつまんで、つぶさに観察したところ、それは電解コンデンサーの天板部分なのであった。

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・私の尊敬するOT達

これもローカルのJA1AB市川OM。「私は電気のことはまるで解りません」(解らない筈がない)少しも偉ぶらないOMはボランティア活動で知られていた。
JA1HZ森井OM。「コンテストが始まるので、今からTR1000の電池を買ってきます」

ともに飾らない人柄で敬愛を集めていた。

右は数枚目のQSL。住居表示が西巣鴨から北大塚に変わっている。

・真夜中の怪人

TVIが怖くてテレビ放送が終了する深夜(当時はTV放送は午前2時頃に終了した)にしかQRVしないexJH1AFTがローカルと交信しているらしい。
ところが、相手が聞こえない。

低調波と高調波でのクロスバンド交信だった。

・人力セレクトジェクト

exJH1AFTのQTHは東池袋、サンシャインビルの北東200メーター余り。

リグはTX88Aと9R59、アンテナは「バット90」

「バットキュージュー?、それ、どんなアンテナ?」と聞くと、「鳥籠みたいな形」
「バードケージじゃないの?」重ねて問うと、「そう」と答えた後で、「バット90」

彼の家まで行って見てみると、まごうことなきバードケージだ。
「やっぱり、バードケージじゃない」、「そう」と認めた後で、またしても「バット90」

こちらの質問には直接答えず、呪文のように同じ単語を繰り返す。後に私が名付けた「人力セレクトジェクト」が稼動すると会話がまるで噛み合わなくなる。

バット90はバードケージのバリエーションの一つで、CQに製作記事が載っていたそうだ。それを彼が話したのはズッーと後になってからである。

このバット90は線だらけだった。

竹竿のマストとスプレッダーに、線材は、たしか2ミリ径ほどの裸銅線だったと思う。

もともと、バードケージは線だらけのアンテナだが、50cmおきに碍子の入った三段ステーがマストから四方に張られていて、

線&線&線、、ひたすら線だけが印象に残っている。

・恐怖の中継ラグ

6J6という真空管があった。同じ特性のトライオード二つを一つのチューブに封入した、いわゆる双三極管である。
ただ、ヒーター(カソードも)は共通で、この危ういピンケーションに制作者の不注意や勘違いが重なると悲劇に至ることもあった。

6J6は高周波の増幅や混合でよく使われていた。
メーカー製の機械では三極管二本分を無駄なく使っていたが、自作の場合は片方だけ使って残りは遊ばせておく場合が多かった。

exJH1AFT局が50Mhz用クリスタルコンバーターを自作した。
以下は、それを彼のシャックで見せてもらったときの話だ。

ご多分に漏れず6J6が使われている。やはり使っているのは一本分だけだと言う。
ところが、遊んでいるはずの片側にも部品のリードやビニール線が結線されている。

「これは一体、何?」と聞くと、彼の答えは「ラグ板代わり」、、、、
「えええええええーーーーーー!!!!」

・人力遠心分離器

雨の日にexJH1AFTの物置を改造したシャックを訪ねると、いつもきまって目にする光景があった。

フィーダーのコネクタから1メーターほどのところを握って投げ縄のように振り回している。
アンテナとの接合部から進入し、フィーダーの内側を伝ってコネクタ端まで達した雨水を、遠心力で振り払っているのだ。

部屋の四方の壁には飛沫の痕が螺旋状に付いていた。

念のために書いておくが、、exJH1AFT局は、この時分には既に一級アマチュア無線技師だった。

・ドブに流された蒸留水

新井君はTVIやBCIに悩んでいた。

ファラデーシールド、トラップ、パイLマッチ、アンテナカップラー、ローパスフィルター、ラインフィルター、他、送信機に、あらゆる対策を施していた。
しかし、なぜかフィーダーはホースになりはてた同軸ケーブルだった。

念のために書いておくが、、exJH1AFT局は、この時分には既に一級アマチュア無線技師だった。

・沈黙

真夜中の怪人exJH1AFTはTV放送が終了した深夜にしか、お空に出てこなかった。

私は「朝弱い」という別の理由で「夜更かし無線家」だったので、彼とは「丑三つ時QSO」を連夜に近い頻度で行っていた時期がある。

この「丑三つ時QSO」で、私は酷く気味の悪い体験をすることになった。

QSOの最中に「突然、黙ってしまわれる」。「な〜んにも言わなくなってしまわれる」のだ。
マイクのスイッチが切れているとか、変調器の故障ではない。
息遣いや居住まいを正す時の「衣服と机や椅子が擦れる」らしい音が聞こえる。
「本かノートを捲っている」らしい音や、たまに、咳払いなども混ざるので、寝ているわけでもない。

この沈黙は長い時は20分にも及んだ。
ひどい時にはスタンバイしてマイクを渡した初めから「無声」のことも、加えて一言も発しないうちに電波を切られることもあった。

「これは、、いったい、、なんだ?!?!、、なんなんだ?!?!」
経験しないと解らないと思うが、、夜更けということもあって、恐ろしく不気味だった。

「突然の沈黙」を何度も喰って、しまいには「短く終わる」か「長くなりそう」かが予測できるようになり、
「長くなりそう」なときは、さっさとQSY(相手が送信中に)するか、電断して寝てしまうようになった。

・好み

ある夜の丑三つ時QSO、彼が三分ほどの沈黙から復帰して、唐突に、

AFT「女性歌手で誰がいいと思う?」
EVF「和田アキ子」(即答)
AFT「和田アキ子〜〜!!、、何でまた?」
EVF「何でって、、少し吉永小百合に似ているし、、」
AFT「ど、どこが〜〜〜!」
EVF「似てると思うけどな、、」
AFT「はははははははは、、」
AFT「和田アキ子が吉永小百合に似て見えるなんて、、それは病気だよ、、」

・好み-2

上のQSOから四十年余後の2011年。なでしこジャパンがワールドカップで優勝した。

無線ではなくアイボールでの会話だったが、

AFT「なでしこジャパンで誰がいいと思う?」
EVF「熊谷紗希」(即答)
AFT「熊谷紗希ぃ〜〜〜!?」「川澄や岩淵じゃなくて?」
EVF「そう」
AFT-「相変わらず変わった好みだね」「そうか、、病気だったんだっけ」

・好み-3

2022年、女子バレーボール日本代表に長年の不調から回復の兆しが見え始めた。
VNLで開幕から8連勝、世界バレーではブラジルを破るなど、そこそこの成績を収めた。

その話題がメディアを賑わしてた頃、新井君が何の連絡もなく車でやってきた。

「人生も第三コーナーを回ってホームストレッチにかかりつつある」という暗い話から始まって
局免が失効して暫く経つが、先日、再免許申請してJK1のコールをもらったこととか、
そのコールサインは未だ秘密で教えられないとか(なんでだ?)、
山岳移動運用をしたくて、その運用地は達磨山がいいとか、

そのうち、女子バレーの話になり、例の質問が来た。

exJH1AFT-「今の日本代表女子バレーチームで誰がいいと思う?」
JH1EVF---「関菜々巳」(即答)
exJH1AFT-「関ななみぃ〜いっ!?」
exJH1AFT、「セッターの?」
JH1EVF---「そう」
exJH1AFT-「私、悲しいのみたいな顔を、いつもしてる娘(こ)?」
JH1EVF---「そう」
exJH1AFT-「病状、かなり悪化してるな〜」

・電話級と電信級

exJH1AFT局が未だ電話級だった1970年前後に大袈裟に言えば耳にたこができるくらい聞かされた。
「今の一級の試験は昔の電信級や電話級と同じ水準になってしまった。」

これは本当のことらしい。1958年に電信級と電話級が新設された当時は、おそらく、お上も見当がつかなかったのだろう。試験を相当に難しく設定したらしい。
それからの十年間、「ハムを産めや増やせや」の方針で、資格試験はどんどん易しくなり、JARLが講習会を始めるころには、多くの人が「中学卒業レベル」と揶揄するところまで落ちた。
(尤も、「中学卒業レベル」は言い過ぎだろうと私は思っていた。法規やモールスコードを中学では教えないからだ。そして、実際、その「中学では教わらない課題」が試験に出題される。)

さらに、一級や二級も平行移動で、1958年当時の「電信電話」並みの易しさになったというわけだ。

この右肩下がり傾向はプロの従免試験も含めて現在まで続いているらしい。

・一アマ受験

2018年の8月12日(日曜)、試験開始は午前9時30分。
車で家を出たのが、午前7時。会場の日本無線協会着が8時30分。

1970年迄、当家の家業は築地場外での食料品卸で、当時の住まいの豊島区から車で通っていた。
また、豊島区から現住所の所沢市に引っ越した折にも、車で何度となく往復している。
所沢、豊島区、晴海を結ぶと、ほぼ、直線と言ってよく、つまり、そのまま最短ルートだ。
高速は使わなかった。関越から外環へ回ると、東に大きく張り出して遠回りだからだ。

しかし、日曜日で交通量が少ないとはいえ、一時間も前に着くとは思わなかった。

日本無線協会の入居する江間忠晴海ビルの左隣がローソン、その裏手にコインパーキングがある。
この駐車場に止めたが、後で聞いたところによると、試験日に空きがあるのは珍しいそうだ。
日曜日も混むが、土曜日は受験生以外の車も加わるので、早朝から満車らしい。
立地が良いので代金を心配した。案の定、八時半から十六時までの利用で4000円も取られた。

一時間は少々持て余した。問題集を開きもしたが、集中できなかった。

試験場は三階。部屋が三つあり、私の受験番号は真ん中の部屋だった。
番号に該当する席に着いて、受験票を机に置き筆記用具を広げながら、あたりを見回すと、最後列の席にどこかで見た顔がある。
M田Kおりさんだった。後で試験官の方に聞いたら「前回も前々回も来ていた」。午後の「無線工学」の試験に彼女は居なかった。
私の左前の席には、小学校四年か五年くらいの女の子の後ろ姿があった。筆記用具をきちっと揃えて手を膝の上にのせ行儀よく試験開始を待っていた。
この試験は一アマなんだよなー。無言のエールを送った。「頑張ってね」

試験官のレクチャーが終わり「法規」の試験が始まる。思ったより難しい。
私は「法規」を舐めていた。今だに舐めているが、、この時の試験に限っては、そこそこ難敵だった。
終了三十分前まで粘ったが、数問の答えに自信を持てぬまま、諦めて試験室を出た。

「無線工学」の試験が始まるまで一時間半あった。昼食はローソンで弁当を買って車の中で済ませた。
食後、すぐに、法規の答え合わせをした。
試験前の一か月間、過去問題集を使って、十回以上、模擬試験をしたが、法規で140点を切ったことは一度もなかった。
本番は不出来だったが、さすがに105点を割るはずはない。解ってはいるが不安になるものだ。
答え合わせで、それを払拭すれば、エアコンの効かない車内に留まる理由はなかった。

そのあとの居場所には困った。
試験室前のベンチは受験生がこぼれそうな程の満席。階段の踊りも一杯。かといって外は灼熱地獄。
仕方なく、ロビーに降りた。ここには腰掛の類が一つもなく、皆、壁に背をもたれて、床に直に胡坐をかいたり、体育座りをして問題集を開いていた。
二十人ほど居ただろうか。私も彼らに倣って問題集に取り組んだが「一時間漬け」の山は粗方外れてしまって試験には殆ど役立たなかった。

「法規」の逆で「無線工学」は予想より簡単だった。
ただし、法規より簡単だったという意味ではない。事前に覚悟していた程の苦戦はしなかったということだ。

午後四時過ぎ、試験場を退出し、大急ぎで車を駐車場から出した。
駐車場わきに路駐してザッと自己採点をした。無線工学も合格点に達していることを確信した。

・竜頭

私が一級を取得して数か月経った頃のことだ。入間のOMが空で自身の一級受験時の経験を話していた。

それがすごい!
試験前日の夜から当日の明け方まで東京電機大学出版局の「合格精選400題」を徹夜で解いた、試験勉強はそれだけ!!

徹夜で勉強と言えば、どんなにスタミナのある人でも9時間ほどが精一杯だろう。
だとすると、一問当たり一分二十秒ですっ飛ばしたことになる。食事もとらず、便所にも行かず、休憩を一切挟まずの計算でだ。

このペースだと答え合わせも覚束ない。と思う。
もっとも、答え合わせはしなかったのかもしれない、というか、必要なかったのかもしれない。
正解は当然で、つまり、勉強というより、自身の知見が合格に見合うことの確認作業であったということだ。

・三宅島移動#1

三宅島で無線を運用しよう。
1970年頃の話。誰が言い出したのかは覚えていない。

発案時のメンバーは、JA1QWF、exJH1AFT、私(JH1EVF)と弟(exJH1EPB)、の四人。

四人のいずれもが移動運用向きのRIGを持っていなかったので、借りるつもりで方々に声を掛けていたら、
exJA7FYHから「ローカルにFT101を借りる。だから、自分も移動運用に参加させて欲しい。」

絵に描いたような「渡りに船」を受けて、空で話し合った。
全員学生なので夏休みを利用した日程と竹芝桟橋を発する船便利用、現地ではキャンプサイトに一泊二日の自炊とトントン拍子に決まった。

続く

・三宅島移動#2

計画を家族に話すと、父がインスタントラーメンとか缶詰やらを手当たり次第に押しつける。(築地での食料品卸が当時の家業)
「五人の一泊二日でそんなに食えないってば」というのに、「良いから持ってけ」と、無理矢理持たされてしまった。
その量たるや、リュックサックなどにはとても入りきらず、かなり大きな段ボール箱にぎゅうぎゅう詰めで、二人がかりでなければ運べなかった。

出発当日、約束の時間、借りたRIGを持参するはずのJA7FYHだけが集合場所に現れない。
家に電話してみると、「連絡の不手際でRIGを受け取るのが遅れて、もう間に合わないから、参加をキャンセルしたい」

あんだって?!〜!! 移動運用に無線の機械なしで行けってか〜??!! 
これだよ!話がうまずぎると思った!

続く

・三宅島移動#3

学生なので変わり身が利くとはいえ、さすがに、ここまで急な中止だと後が困る。
第一、全員、それなりの服装と持ち物で既に集合しているのだ。

そもそもの最優先「移動運用」ができないのは残念だが、今更、解散は寂し過ぎる。
「目的を観光に切り替えよう」それが自然の成り行きだった。

チケットを購入して竹柴桟橋から乗船する。

改札を抜けると周りの乗船客が挙ってダッシュ。
訳が分からないまま、つられて、こちらもダッシュ。
三等船室は間仕切りの無い大広間。窓際の良い場所は早い者勝ちなのだろう。走っている間に、我々も気付いた。

exJH1AFTと私が食料運びの役目。船室に向かう階段を登る途中、二人の連携が乱れ段ボール箱が傾き中身がこぼれた。
ぶちまけられた食料品の数々、中でも厄介なのは大量の缶詰。何しろ丸い。階段を転げ落ちる。
スタート直後は先頭グループだったのに、拾い集めている間に、ドンベになってしまった。

続く

・三宅島移動#4

数時間の航海で島に到着後は、キャンプサイトでのロケーション確保とテントの設営などで慌ただしく過ごし夜を迎えた。

折しも新月のうえ、地内に一点の明かりもないキャンプサイトの夜は鼻をつままれても判らないような漆黒の闇。
ただ、頭上には、嘗て見たこともない全天を覆い尽くす星屑、、

翌日の午前中は、レンタカーを借りて、島内を巡った。
免許取りたての上野さんの運転はかなり怖かったことを告白しておく。

このレンタカーは前席左側の窓ガラスがなかった。
後席右側の窓はガラスを上げ下げするハンドルがなく嵌め殺し状態。
真夏の昼日中、そこには、じゃんけんで負けた私が座ることになった。
運転席側のドアは開かなかった。上野さんは左側のドアから乗り込んで運転席に収まった。
車体は傷だらけで、アチコチにガムテープが張ってあった。

続く

・三宅島移動#5

三宅島の自然は文句なしの素晴らしさだったが、観光サービスのバリエーションは未だ貧弱だった。
あらかたの観光スポットは午前中のレンタカーツアーで巡ってしまった。
マリンスポーツの設備も有ったのだろうが良く覚えていない。
多分、当時の我々には馴染みの薄いカルチャーだったのだと思う。
キャンプ場前の海はドン深で、波打ち際で足をぬらして戯れるのが関の山。
昼過ぎには、やることがなくなって、全員が帰りたいと言いだした。

ところが、考えることは誰もが同じで、帰りの便に観光客が殺到したのだ。
チケットが取れない。途方に暮れていたら、、

新井君が、船会社のアルバイトのYLと仲良くなっていて、その伝(つて)でチケットが手に入ったのだった。

JH1AFT、あんたはエライ!、、それにしても、いつの間に?、、、

余った食料品は全て隣近所のテントにばらまいた。
貰わされた方はかえって迷惑だったかもしれない。

続く

・三宅島移動#6

三宅島ツアーから戻って数日後、JA7FYHを問い詰めると、約束の日には間に合わなかったがRIGは借りられたという。
彼は、そのRIGを使って21Mhzで遊んでいたらしい。
「ニューが2カントリー増えちゃった、ウッシッシ、、」

「ウッシッシ?!」

しかし、本気で腹を立てた者はいなかった。
彼は、「21Mhzのアイドル」を標榜していたが、誰もがそれを認めていた。

続く

・三宅島移動#7

何年か後の某日、JA7FYHは同乗した車が事故を起こしサイレントキーになった。

彼が亡くなって以降の数日間、21Mhzが異様に静かだったのを覚えている。

・二文字サフィックスについて

USAでは2バイ2とか、1バイ2、2バイ1等、上級ハムに短いコールサインが付与される。

430Mhzで非常にアクティヴな某OMさんが話していた。
「日本でも嘗て上級従免所持局に二文字サフィックスを付与しようという案があったが、コールが足らなくなるので没になった」

「上級」を「一級+二級」と定義した場合、本当に足らなくなるのか?考えてみた。
(1エリア以外のコールサインは足らなくなる可能性が低いため6エリア沖縄県用サフィックスは考察から除く)

今、日本で一般のハムに配給されているプリフィックスは16(×10)ある。
JA1からJS0までの19(×10)の内、アマチュアには配られていないJB(×10)とJC(×10)、小笠原用のJDを除く16(×10)だ。
このうち、JAは既に配布済みなので、使えるのは15(×10)。
(1エリア専用に配給された7K1から7N4については後述する)
すると、、15×26×26=10140 ⇒ 1エリアでいえば JE1AA から JS1ZZ 迄
一エリアあたり10140局分あるわけだ。全エリアの合計で101400局分。

第一級アマチュア無線技士の取得者数は約35000人、第二級のそれは約80000人。
ただ、両級を共に持っている人が相当数いる。つまり重複が含まれる。
私は一級所持者を大勢知っているが、殆ど全員が二級も持っている。(私も両級を持っている)
恐らく両級を足した実質人数は九万に届かないと思う。

深くハムに嵌った挙句に上級を取得した彼らの局免所持率はもともと高いが、仮に全員が申請したとしても総数としては余裕がある。

問題は1エリアの人口密度だ。局免取得者の分布は圧倒的に1エリアに偏っている。(四分の一を上回る)
これを解決するには、先ずは7K1~7N4プリフィックスの使用だが。
4×4=16、16×26×26=10816局分取れる。
つまり1エリアに限っては10140+10816=20956局分。
これでも上級所持者が全員申請するとヤバイかもしれない。

仮に、これをクリアできても、もう一つ気になることがある。

総合無線通信士の資格でアマチュア無線を運用している局が存在する。
第一級総合無線通信士と第二級総合無線通信士の資格で第一級アマチュア無線技士の操作範囲が、
第三級総合無線通信士の資格で第二級アマチュア無線技士の操作範囲がカヴァー出来ることになっている。

第一級総合無線通信士は14000人位、第二級総合無線通信士は18000人位、第三級総合無線通信士は31000人位、いるらしい。
アマチュアの場合と同じく重複がある。合計の実数は60000人足らずだろう。

*これらの総合無線通信士資格所持者の相当数がアマチュア無線局を申請し、
*かつ、彼等の内、アマチュア無線の上級従免をも併せ持っている者の数が「ある割合」に届かないと、
コールは間違いなく足りなくなる。
ただ、JARLの局名録を見ると、総合無線通信士の資格を持つ局は、全体の2%未満なので影響は少ないだろう。

実は、上二つの問題がクリア出来たとしても、第三の問題が控えている。
それは二文字コールが貰えるならと、上級を目指す局が増えそうなことだ。
現状でもギリギリなので、まず、パンクするだろう。

結論はOMさんの仰るとおりだった。ということになろうか、、

しかしながら、これは現在から近い将来に掛けての話で、遠い将来は判らない。
ハムの世界でも多数を占める団塊世代が天に召されるからだ。

追記1

アマチュア無線従事者免許所持者は350万人いる。この内、四級が310万を占める。
仮に三級以上を所持している従事者の全てが四級を併せ持っているとしても、従事者全員が局免を申請したら、コールサインは現在の時点で既に足りない。
溢れた1コールエリア分を他エリアに振り替えるような裏技を使ってもだ。

個人局用のコールサインは、総数で2862184局分しかないからだ。
二文字サフィックスコール - 10×26×26=6750局分
三文字サフィックスコール - 16×10×24(サフィックス一文字目のYとZはクラブ局)×26×26=2594840局分
7K~7N - 4×4×24(サフィックス一文字目のYとZはクラブ局用として予約)×26×26=259584局分
合計 - 6750+2595840+259584=2862184局分

つまり、コールサイン付与業務は「従事者の一部しか局免を申請しない」という供給側に都合の良い実情に助けられて回ってきた。
もっとも、これは「包括免許を断じて採用しなかった」お上の方策の成果かもしれない。
それにしても時流の移ろいは恐ろしい。注ぎ足しても注ぎ足しても足らなかったコールサインが今では皮肉な割合で余っている。
二百九十万局弱分のコールサインに対して四十万局(13%)しか申請がないのだから。
ただ、残念ながら、かつ、当然ながら、その大多数が三文字サフィックスだ。
もし、二文字サフィックスの配布が実現したら、この三文字サフィックスコールの余り様は更に悲惨になるだろう。
USAの vanity call(虚栄呼び出し符号) 制度と同じことが行われて、三文字サフィックスコールは捨てられてしまうからだ。

上級従免所持者の局免所持率は高いと前に書いた。
JARL会員の資格別分布でも40%(六万人弱の内の二万五千人弱)を占める。上級従免所持者の無線に対する思い入れは強い。
しかし、JARL会員の上級従免所持者に加えて、少し熱の低い非会員(の上級従免所持者)が同数いたとして、合計五万人弱といったところではないかと思う。
(局免所持者の内)上級従免所持者が九万人で、残り三十一万人が三級以下、ここまで上級に偏った分布が現状だとは流石に考えにくい。
確かに、二文字サフィックスが実現すれば、上級所持者の数も局免申請も増えることが予想されるが、
鍵となる「1エリアのデッドライン」を超すだろうか?
パンクするだろうと言った舌の根も乾かないうちだが、少なくとも、すぐには超さないような気もする。

追記2

ルール上、許されるならば、以下のような方法も考えられる。
A案 / JA10(ワンゼロ)A~JS19Z、16×10×26=4160。4160局分が寂しいというのなら、加えて、、
B案 / 7コールを使って、7K00(ゼロゼロ)A~7N99Z、これで 4×100×26=10400局分、稼げる。
4160+10400+10140+10816=35516局分、、何とか賄えると思う。
これでも足りなくなりそうになったら7Jも使ってしまう。100×26=2600 が加わる。
しかし、そもそも、7コールは1から4迄だ。これにはまっとうな理由があるに違いない。
そうでなくとも二桁数字は如何にも「規則違反」っぽい。
「二文字(一桁数字+一文字も含めて)+二桁数字」プリフィックスは記念局を除いて見たことがないからだ。

B案は元々1コールエリア限定だが、A案も1コ−ルエリアだけで良い。足らなくなる可能性があるのは1コールエリアだけなのだから。
この限定という言い分け(エクスキューズ)が何とか利かないものだろうか。

なお、「二文字+数字一文字プリフィックス」+「一文字サフィックス」のコールサインは、放送局に割り当てられているので使えない。例−JS2H(超短波放送実用化試験局)

追記2の悪あがきが許されない限り、二文字サフィックスの実現は厳しいと言わざるを得ない。

・パンザマスト

東京外語大脇の緩い坂道から脇道に入り、更に路地を下った辺りで、傾いたパンザマストが見え始める。
JH1DLDがローカルの助けを借りて自分で建てた。

高田馬場のexJH1XZUのパンザマストも傾いていた。QTHが高台なので、DLDより目立った。

私の知る限り、ハムのパンザマストは傾いていて人並み。
まっすぐに立てたJA1RJWは変わり者である。

・お地蔵キッド

JH1DLDのQTHから南に200メーターほど、中山道を渡ると、とげ抜き地蔵がある。本堂裏手のビルにタワーが建っている。
「お地蔵キッド」だ。

住職の息子さんの「お地蔵キッド」JJ1BBQは、当時、まだ中学生で、甲高い声でDXをやっていた。

あだ名の命名者、JE1RWXとは空でしか話したことがないというので、池袋まで連れて行って引き合わせた。
RWXは開口一番、「これがお地蔵キッドか」

・れい子ちゃんは、私と、仲良し

お地蔵キッドのQTHから滝野川方向に歩くと、500メーターほどで折り戸通りを横切る。
都電の庚申塚駅の脇を抜けて、明治通りとの交差点の300メーター手前、
大塚中学校の近くに、下宿住まいのJA1RWNがいた。

雑誌やジャンクの部品が一面に転がっていて足の踏み場もない部屋には、近所の中高生が入れ替わり立ち替わり訪れて賑やかだった。

ムスッとしている者がいると、いつもRWNは足元のゴミをかき分け、探し当てた真空管を手に言った。
これを庭に叩きつけてこい、スッキリするぞ。

・人力フェージング

RWN宅の常連の一人、exJA1FERは個人コールをとる前、JA1YAN/1で滝野川の下宿からQRVしていた。

彼のしゃべりには際だった特徴があった。単語の末尾が消えてしまう。特にカタカナ言葉の場合は確実にフェードアウトした。

「ジェーエー、ワイエー、ポー、ワン、、キュウティーエッ、、は板橋区滝ノガヮ、、名前は松ォ、、で、、了解でしょうか?」、、
「あの、、その、、フェージングがあって、、お話の内容が、、よく、解りません、、」

相互の距離は5キロ未満、信号強度9+、了解度2、

しかし、そのうちに、すっかり慣れて、無音部分を想像で補えるようになった。
彼が故郷に帰るころには、聞き返すことなく会話が交わせた。

・人力Q5er

傾斜パンザマストのてっぺんに2列2段のスタックを上げていたexJH1XZUシャックには2M国内DXをやりにモービル仲間が集った。

「CQ西方面」を連発して受信に移ると、ノイズだけ。何度繰り返しても、スピーカーからは「ザー」しか聞こえない。

JA1QWFがオペレート役の仲間を押しのけリグの前に進み出ると、やおらスピーカーを両手で抱えて耳に当て、「聞こえる、聞こえる」、、

傍らで腕組みをし仏頂面で突っ立っているXZUが呟く「また、Qちゃんの聞こえる聞こえる、が始まった、、」

人力Q5er症候群の発作である。

・鉄の箱

トリオのTR1000は50MhzのAMトランシーバ−で、同バンドで70パーセント以上のシェアを占めていたと思われる。
単一電池を8本も使う上、筐体が鉄でできていて、1W出力のポータブルの割りには重かったが、丈夫ではあった。

滝野川の局がTR1000を肩に掛け原付でカーブを切ったら、
トランシーバーが振られてブロック塀にしたたかぶつけてしまった。

彼は、すぐさまCQの交換欄で売りに出した。曰く「耐ショック試験済み」

・上へ

TR1000は価格も手ごろでコンパクトなことから、移動用を兼ねたセカンドリグとして買う人が多かった。
一方、開局時にエントリー機として「TR1000」を購入し、その一台しかリグを持っていない局も大勢いた。
とにかく「TR1000」は売れに売れて50Mhz帯の局数を飛躍的に増やした。

基本的に遠くに飛ばない50Mhz帯で、楽しみはローカルラグチューに求めることになる。
FDAM3や固定用のパナスカイ等も発売され、50Mhz帯は、程なく、ご近所同士のお喋りで埋め尽くされ、周波数争いが頻発するようになった。

「逃げよう!」、上に144Mhz帯がある
折しもトリオからTR-7100(1969年発売のモービル機)が発表されたこともあり、ここも瞬く間に50Mhzと同じ混みようになってしまった。
アンテナが小さいので局設営が簡便なことに加えて、モービルとの混在もあり、密度は6メーターより高かったかもしれない。

「逃げよう!」、上に430Mhz帯がある
「10Mhzもバンド幅のある435Mhz帯は流石に6メーターや2メーターのように簡単には満杯になるまい」と多くの局が口にしていた。
しかし、多くの局が口にすると言うことは、多くの局が逃げてくると言うことで、ここも下のバンドと大同小異のプロセスで一杯になった。

・空(す)きすぎ

「逃げよう!」、上に1.2Ghz帯がある

ところが、1200は6メーターや2メーター、435Mhz帯とは様子が違った。

まず、始めに、リグがなくて困った。
一から自作は道が険しすぎる。マキ電子のアップバーターキットは組上げても働かすまでが大変!
そうこうしている内、ICOMから小電力トランシーバー(IC-120)が発売されて助かったと思ったら、アンテナまで送信電力が行かない!アンテナから受信信号が来ない!

低損失の同軸ケーブルを使うなど、苦労のあげく、ようやく送受がまともにできるようなったのに、相手が、イ.ナ.イ!

メインチャンネルを一日中聞いていても、だーれも出てこない。
スイープしても、バンド中、閑古鳥すら鳴いていない。
CQを出して応答を得るには長時間の叫びっぱなしで声をからす覚悟が必要だった。
仕方なく、電話でローカルを引きずり出してQSOを始める。
他局からの抗議を半ば期待して故意にメインチャンで長話をしていても咳払い一つ飛んでこない。

確かに、すし詰め状態の下のバンドから電波を出す隙間を求めて逃げてきた。確かに、期待にたがわず、ここには隙間が盛大にある、というより、隙間以外はない。

しかし、いくらなんでも、、ここまで空いてなくてもいいじゃないか!

DXer仲間との連絡用も考えて、マストトップにGP、28と21の八木の間にはF9FTも括り付けたが、殆どの相手とカスカス。
使い物にならなかった。普通のQSOも、1988年にJG1RVN局相手の一回だけ。

・東光の1.2Ghz機

今から40年近く前だから1980年過ぎだろうか、同軸コネクタのトップメーカー東光電子の社屋が私の仕事の立ち寄り先である井荻にあった。

当時はしもた屋風の木造建築だったと思うが、道路に面してショールームが設えられていた。
正面のショーケースの中に1200Mhz帯のアップバーターが陳列されていた。

東光電子が発売した恐らく唯一のHAM向け無線機だ。特売の札が付されていて、価格は¥5000!!

JA1QWFとJE1RWXに電話して「トランスバーターで遊ばない?」。二人は即答で「OK!」
交渉の末、「三台で一万円!!」におまけしてもらった。

ところが、このアップバーターたるや、親機を435Mhz帯として、受信はヘテロダインだが、送信がバラクタによる3逓倍なのだ!
何と、トランシーブになるのは、親機の周波数が432Mhzの1296Mhzただ一点だけ!
その他の周波数でトランシーブするには、親機のスプリット運用機能を使うのだが、「親機の送信周波数=1.2Ghz帯の送信周波数/3」と「親機の受信周波数=1.2Ghz帯の受信周波数-864Mhz」を一々設定しなければならず面倒この上なかった。
(このトランスバーターの原典は The Radio Amateur's V.H.F Manual(1968)の p244-246 VARACTOR TRIPLER 432 TO 1296 MC だと思われる)

と、まー、欠点は色々あったが、というか、欠点だらけだったが、それだけに、手を掛ける箇所が沢山あって、面白かった。

・魔法の石

ガリ砒素の魔力を知ったのも、東光のアップバーターをいじくり回していたときだ。

受信感度が悪くて話にならないので、トップの素子を変えてみた。

いきなりガリ砒素だと下手してトバしたときの経済的ダメージが大きい。 (当時のガリ砒素は、このアップバーター本体より高かった)
先ず秋葉原の小沢で上野さんが探してきてくれた「2SCタイプ4桁サフィックス」の安い石で試してみた。

オリジナルが悪すぎたせいもあるが、S/Nは劇的に改善された。
「ノイズにまみれて了解度の悪かった信号が浮かび上がってきた」というレベルではない。「ノイズに同化していて、存在すら全く認められなかった信号が現れる」のだ。

ガリ砒素に交換して、更にノイズフィギアの向上を実感したことは言うまでもない。

・デスクトップでもプリアンプは効くという話

勿論、直下の御利益は認める。フィーダーで発生するノイズを増幅せずに済むメリットは大きい。
だからといって、デスクトップのプリアンプが効かないわけではない。

メーカー製トランシーバーの裸のノイズフィギアが悪いからだ。
特に送受切り替え用のダイオードが曲者で、これが、ノイズフィギアを大きく劣化させる。
一般的なトランシーバーのノイズフィギアは3dbを下回らないと言われている。

ここに、ノイズフィギア0.5dbのプリアンプを付ければ、2.5db改善される。HEMTならば更に良いだろう。

直下(にプリアンプを入れること)に拘るあまり充分に効果の期待できる受信機端型のプリアンプを使わないのはモッタイナイと思う。

・送信出力と受信入力

1200Mhzは、アンテナまで送信電力が行かない!アンテナから受信信号が来ない!と前に書いた。
送信機から送り出した電波がアンテナ端迄に目減りしてしまう理由と、アンテナで捉えた信号のS/Nが受信機端までに劣化してしまう理由は同じではない。

送信電力が目減りするのはフィーダーでロスるからであり、受信機端でS/Nが上がらないのは、フィーダーで雑音が発生するからだ。
受信信号もフィーダーでロスるが、「受信信号に含まれている目的信号」も「受信信号に含まれている雑音」も同じ割合でロスるので、フィーダーで加わる雑音がなければS/Nは変わらないのだ。

直下プリはアンテナで受けた信号をフィーダーの手前で増幅してレベルの底から嵩上げし「フィーダーで発生する雑音」の影響を軽減する。
下世話な言い方しか思いつかなくて恥ずかしいが、、「フィーダーで発生する雑音なんて目じゃなく」させるのだ。
「妨害信号領域を減衰させるのではなく目的信号領域を増幅する」、つまり、「悪をくじくのではなく、善を助ける」ことによって混信を除去するアクティヴフィルターの考え方に似てなくもない。

これも、東光のアップバーターで遊んでいるときに身にしみて解ったことだ。

・雑音も増幅する

430MhzバンドでのQSOを傍受していたら、「直下プリアンプは雑音は増幅しない。目的信号だけを増幅する。」と言っている局がいた。

直前の項と重複になるが、どーしても気になるので書いておく。残念ながら、直下プリアンプは雑音も含めてアンテナで捉えた信号の全てを増幅する。

それなのに、何故?直下プリを使うのか?
それは「高性能の素子を用いてアンプ自身の発する雑音を低く抑えれば、後に続くフィーダー(正確にはフィーダー、コネクタ、リレー、送受切り替えのダイオードスウィッチ等、信号が通る経路)で発生するノイズを無視しうるレベルまで存分に受信信号を増幅できる」からだ。

ただし、これはVUHF以上に限られる。
VUHF以上の周波数域は自然ノイズのレベルが低く、相対的に目的信号の雑音に秀でた部分の割合が大きいからだ。
HFには当てはまらない。目的信号が微弱だと例え自然ノイズレベルを上回っていても、増幅後の上澄み?部分が薄く、プリアンプ自体が発生するノイズが無視できない。

・スキップ

タコちゃん「ねえ、ねえ、芋村、、この中で一番、理系に強い女子って誰?」
芋村「理系に強いも弱いも、今日、女子は一人しかいませ〜ん。I井M樹さんだけです。」
「だけど、M樹さんはアマチュア無線家です。ベタの理系女子です。」

タコちゃん「じゃーM樹さん。」
M樹「はい、、」
タコちゃん「スキップって知ってる?」
M樹「?」
タコちゃん「スキップって言っても女子アナの川田裕美さんが上手くできない、あのスキップじゃないわよ。」
M樹「、、、そーいえば昔、OMさんに聞いたことがある。」
「近くの局が聞こえないのに、遠くの局が聞こえる現象だったかしら?」
タコちゃん「そうそう、そのスキップ。電波伝搬に関するスキップ、、。」
「そのスキップって用語、HFや、ぎりぎりVHFまでは使われるみたいだけど、UHFでは全然聞かないじゃない。」
「なんで?」
M樹「なんで?????、、」
タコちゃん「なぜUHFでは使われないの?」
M樹「う〜〜〜ん、、、」
「そうだ!分かった。」
「UHFは川田裕美さんだから。」

タコちゃん「ぼーーっと生きてんじゃね〜〜よ!」

電波伝搬における「スキップ」の本当の意味も知らずに、
やれ「きょうの1.2Ghzは、近間がスキップして聞こえない」だの
やれ「7Mhzと違って430のスキップは斑(まだら)だからコンディションが読みにくい」だの
430Mhz帯以上のバンドでの冴えないcondexを、存在しようもないスキップによる悪行の様に罵る局の何と多いことか、、

しかし、タコちゃんは知っています。

「UHF以上のバンドにスキップがないのは、、電離層が(UHF以上の周波数に対して)透明だから〜〜」

交信局同士が近ければ直接波が届くが、私の経験では7MhzのAM10W+Dipoleでは5Km離れると厳しくなり、10Kmになると交信不能になる。
かといって、20Kmや30Kmでは、電離層反射は殆ど真上なので、よほど電子密度が高くないと跳ね返ってこない。
しかし、数10Km近く離れると「水切り」が有効になりはじめる。
つまり、10Kmから数10Kmが不感地帯になる。この現象がスキップだ。
UHFでは如何に離れていても、また、如何に電子密度が高くても、電離層反射は全くないので、スキップもない。

・運用周波数の表示

タコちゃん「ねえ、ねえ、芋村、、この中で一番、無線機の扱いに詳しいのは誰?」
芋村「それは何といってもTモリさんでしょう。昔からのアマチュア無線家だって聞いてますよ。」

タコちゃん「ではTモリさん。アクティヴに無線やっていたのは何時頃ですか?」
Tモリ「フォーンの主流がAMからSSBに切り替わって暫く経った時分かなー?」
タコちゃん「その頃の無線機は使い慣れていたわけよね?」
Tモリ「当然、そうですね。」
タコちゃん「じゃー聞くけど。当時はモードをFMやAMからSSBに変えると1.5Khz表示がずれる無線機があったでしょう。あれは何故?」

Tモリ「それは、SSBの場合キャリア周波数に信号がないからです。」
「音声信号は80hzから数Khzの間に分布していてピークは1.5Khzくらいだと言われています。」
「この1.5Khzがフィルター通過帯域の中心になるように無線機は設計されているわけですが、基準となるキャリア周波数にはBMで打ち消されているため信号がないのです。」
「信号のないキャリアポイントではなく、キャリアから1.5Khz離れた実際の信号の濃いところを運用周波数と定義したのです。」
「つまり、同じ運用周波数でもAM,FM(無変調時)とSSBでは1.5Khzキャリアポイントがずれることになります。」

タコちゃん「つまんねーやつだな〜〜〜。」

今回の不発に終わったキメゼリフは「キャリアポイントがスカだから〜!」でした。

最近のリグはモードに関わらずキャリアポイントを同調周波数として表示するようです。
スペアナ付きのリグでSSB電波の波形を見ると、
同調周波数を示す縦目盛りの部分はスカで、1.5Khz離れた辺りをピークとする山ができています。

ところで、キャリア周波数に信号がない、このことが思いもかけぬトラブルを生んでいます。
交信当事局同士の正確な周波数合わせが出来ないというのです。
多人数でのラウンドテーブルQSOでは、一番高い局と最も低い局の差が1Khz以上なんてことも起きるようです。

「FMで交信した時の声を覚えていればいいのさ」とか、 「RITで合わせれば、実用上、問題ない」とか、
そんなことでお茶を濁している局の何と多いことか、、

でも、タコちゃんは知っています。

「同じ周波数の低周波信号発生器を双方で装備しゼロビートを取ればピッタリ合う」

低周波信号は1.5Khzのシングルトーンが適していると思う。
サインウエーブならばキャリアポイントから1.5Khz離れたところに無変調のキャリアがあるのと等価だ。

具体的には、送信機のマイクアンプと受信機の低周波増幅に1.5Khzシングルトーン発信器の出力をミキシングすればよい。

ところで、フォーンのモードがAMからSSBに移行しつつあった1970年頃以前にアマチュア無線を始めた局ならば、上の赤字で示したような発想はしない。
AM時代からの常識、つまり、「周波数を合わす」=「キャリアポイントを合わす」が体に染み付いているからだ。
AM同士は交信前に必須の操作として送信機のスタンバイスイッチ(TX88A)やファンクションスイッチをCALにして周波数合わせを行った。
当時はSSB機でAM局と交信することも当たり前で、その際の周波数合わせはAM同士より簡単だった。
SSB局側がAM局の電波を受信して相手のキャリアと自分のLOとのゼロビートを取ればいいのだから。
つまり、受信時のファインチューニングだけで済む。キャリブレーションの手順が省ける。

この作業を日々こなしていると、スペアナの映像が頭の中に、いやでも浮かぶようになる。
当時、SSBというモードの仕組みを理解していない局はいなかったと思う。

混信

前項を書いているうちに思い出したことがある。といっても大したことではない。

SSBはキャリアがないので、近接周波数で複数の局が送信してもビートにならない。また、FMのように弱肉強食でもない。
だから、混信しても、余程の強度差がない限り、それぞれの送信内容を分離して認識できる。

豊島区から所沢に引っ越す少し前だから、1975年頃、ローカルのJA1QWFやJE1RWXとは五日と開けずにグラウンドで会っていた。

ある日、JE1RWX宅に機械を届けに行ったとき、帰りがけに聞かれた、、

「EVFさん、きのうの夜、21聞いてなかった?」
「いや、昨日の晩はテレビ見ていて、空には出ていない。一日中無線機の灯も入れていない」、、「なんで?空で何かあった?」
「ローカル何局かでラグチューしていたんだけど、、」
「上野さんが送信しているとき、誰かが被せて、、、

「スケベって、、言ったんだよ、、、」

・Vintage Equipments

FL-200B(455Khz mechanical filter type SSB transmitter/a pair of 6JS6A's in the final)
and
FR-100B(Collins type double super heterodyne communication receiver)
combinations
behind FTDX-400(Medium power SSB Tranceiver)

・D層

タコちゃん「ねえ、ねえ、芋村、、この中で一番、無線に親しんでいるのは誰?」
芋村「そんなの、今日はTモリさんも、Y沢さんもいないんだから、M樹さんに決まっているじゃないですか。」

タコちゃん「そうね、M樹さん、では、前回と同じく、電波の伝わり方についてです。」
M樹「はい」

タコちゃん「いくわよ、、」
「ローバンドで昼間、国内遠距離が結構開けるのは何で?」
M樹「それは、、お日様がよく当たって電離層の電子密度が高くなるから。」
タコちゃん「前回のことから類推したのね。さすが!理系女子!」
「確かに、昼間は電子密度が高いんだけど、海外はあまり聞こえないじゃない。遠くは水きり効果がより高まって、条件はさらに良いはずなのに。」
「なんで?」
M樹「う〜〜ん、、、あっ、そうか!」「海外は夜だから、、」
タコちゃん「気づいたわね、そう、お日様が当たってないから電子密度が高くないということよね。」
「確かに、夜の地域に対する伝搬に限っては、それも一因」「でも、それだけじゃないのよ。」
M樹「プラス、夜だから皆、寝ている。」
タコちゃん「なーるほど、、でもHAMにもナイトホークスが結構いるんじゃない?」
「というか、寝ているのはHAMだけじゃないのよ、それが問題なの」
M樹「HAMだけじゃない、、寝てるのはって?、、どーゆーこと?」
タコちゃん「そもそも、バンド周辺に沢山ある放送局もほとんど聞こえないじゃない。高出力のはずなのに。」
「なんで?」
M樹「、、、」「え〜〜?、なんでだろう、、わかんないな〜」「、、こうさんしちゃおうかな、、」

タコちゃん「これは、、もう、、仕方ないわね、、」
「ぼーっと、生きてんじゃね〜よ〜!!」

タコちゃんは知っています。

タコちゃん「昼間のローバンドで海外が聞こえないのは、、」
「D層が起きていて、遠くからの電波が寝ているから〜〜」

M樹「、、、、、??」
芋村「何を言っているのかサッパリ判りませ〜〜ん!」
O竹「おい!コラ!タコ!わけわからんことぬかしてんじゃねーぞ」

タコちゃん「あら、そんな乱暴な口のきき方すると次の出演はないわよ」
O竹「え!、あの、その、、ぼくちゃんにも解るように話してくれないかな〜〜」

タコちゃん「カギは第一種減衰です。プールを横に泳ぐのと対角線に泳ぐのとの違いです。」

芋村「なんで?そこで?水泳が出てくるん??」
O竹「かえって、わからんようになったじゃないか、、何とかしろ、、」
タコちゃん「おや、また?」
O竹「もとい、、何とかしてください、、お願いします」

タコちゃん「つまり、昼間はD層が起きているの」
O竹「なんだと!?」
タコちゃん「つまり、お日様の当たる昼間はD層くんが起きていて活動しているのよ」
M樹、O竹、芋村「、、、、、???」
タコちゃん「夜は寝ちゃうというか、消えちゃうんだけどね」

タコちゃん「さらに、、」 「D層は短波を跳ね返さずに通すんだけど、、ただ通すだけじゃなく元気を奪っちゃうのよ」
「とくに、斜めに入射した場合はテキメンなの」

タコちゃん「海外から(へ)の電波は低空飛行なので、つまり、角度が寝ているでしょ」
「だから、D層に斜めに入射するわけ」

タコちゃん「詳しく解説すると、、」

「1.短波を反射するF層の下にE層が、さらに、その下にD層がある」
「2.D層は短波を反射せず、透過する、」
「3.ただ、素通りではなく、減衰(第一種減衰)させる」
「4.D層面に垂直近くの角度で入射すれば減衰は少ない。国内同士は鋭角に電波が入射するので、D層を通り抜け電子密度(昼間)の高いF層まで届き跳ね返る」
「5.海外からは斜めに入射するので、減衰が激しくF層に着く前に消えてしまう(例え着いても復路で潰える)」
「6.D層は夜間には消滅する

「補足.日暮れになると、F層の電子密度が下がり、かつ、D層がなくなるので、
国内(F層面に垂直に近い角度で入射し突き抜ける)は聞こえなくなり、かわりに海外(F層に斜めに入射するので反射する)が聞こえだす。
ただし、斜め入反射とはいえ、日当たりのしんがり辺りか、若しくは、余韻が残っていてF層の電子密度が下がりきっていない地域でなければならない。
また、夜明けは上述と逆の順序で伝搬状態が変化する。」
「補足2.入射角と反射角は、(電波の進行方向)と(電離層面の垂線)との間の角度と定義されている」

・偏波面

タコちゃん「ねえ、ねえ、芋村、この中で一番アンテナに詳しい素敵な大人って誰?」
芋村「それは何といってもY沢さんでしょう。」
「移動運用のオーソリティーですから、アンテナにも拘りを持っていらしゃると思いますよ。」

タコちゃん「では、Y沢さん、移動でY沢さんが運用する主な周波数帯を教えてください。」
Y沢「圧倒的にVUHFです。」

タコちゃん「そのVUHFではアンテナの偏波面を垂直にするじゃない。あれは何故?」
Y沢「理由は二つ」
「一つはモービル局が多いためです。アンテナが小さくて済むVUHFはモービルに向いてるんです。」
「モービルで使われるアンテナは、ほぼ全てがホイップです。」
「ホイップの偏波面は垂直なので、固定局のアンテナも、それに合わせて、垂直にするのです。」
「偏波面を合わせれば少ない損失で信号の受け渡しができるからです。」
Y沢「もう一つの理由は」
「固定局でVUHFの八木を上げる場合、モービルとの整合性に関わりなく垂直が勝ります。」
「波長の短いVUHFはアンテナの素子数を増やして利得を稼げますが、垂直のほうが実現が容易です」
「具体的には、例えば、スタックにするとき垂直は水平に比べて列を組むのが楽です。」
「また、HFで垂直にすると、エレメントの下端が地面に近くなりますが、VUHFなら、そんなことはありません。」
Y沢「この二つのメリットに対して、垂直偏波にすることによるデメリットは見当たりません。」

タコちゃん「つまんねーやつだな〜、、と言いたいところだけど、、」
「本命の質問は、今のじゃないのよ」

Y沢「え!?」「なんですか?この筋立ては?」

タコちゃん「では、本題行きます」
「VUHFのアンテナ事情は解りました。」「ではHFはどうでしょう?」
「HFでは様々なアンテナが使われます。八木、クワッド、ダイポール、AWX、GP、ツェップ、などなど」
「偏波面も色々です。そうですよね?」
Y沢「たしかに、その通りですね」
タコちゃん「でも、、偏波面を合わそうとか、、そういう話、聞いたことないわよね」
「なんで?」

Y沢「それは、簡単です」
「HFでは、直接波での交信が近距離しか利かなくて、ほとんどの通信が電離層反射だからです。」
「水平偏波のアンテナから発射された電波も、垂直偏波のアンテナから発射された電波も、、」
「電離層で反射されると、楕円偏波に化けてしまうのです。」
「アンテナの偏波面を合わせる意味はありません」

タコちゃん「やっぱり、、ちょ〜つまんね〜やつだな〜!!!」

・和洋折衷

いまいちパッとしないサイクル20ではあったが、最盛期には50のDXも開けた。

ローカルラグチューや、Eスポで国内DXがやっとといったさなか、突然、英語が聞こえてきて、皆が色めき立ったが、普段外国の局と交信したことのない50Mhzマンは、どうしたらよいのか解らない。

とにかく交信はしたい。

サンキュー、サンキュー、ユーアー、ごーきゅう、マイネーム、モリ、マイ、キュウテーエッチ、トーキョー、アンド、マイTX、はちまるなな、アンド、モジュレーター、イズ、ろくびーきゅうごーパチンコパチンコ、QSLカード、JARL、ななじゅうさん、サンキュー、さよなら

ローカル連中のDX交信を傍受していたJA7FERがコンディションが閉じた後のラグチューで、「ロクビーキューゴなんて、、オメ、日本語だ、オメ、日本語だぁ、、」

相手のVKも面食らったことだろう。

それでも、ちゃんとQSLは来た。

・ロクゼットピーワン

ハム仲間での真空管の呼び方は大体決まっている。

公式な呼び方が元々あるわけでも、ハムの誰かが決めたわけでもない。
発音しやすく、リズムの良い呼び方が自然と標準になる。

807=はちまるなな、S2001=えすにーまるまるいち、6BQ5=ろくびーきゅーご、12BY7A=じゅうにびーわいななえー、、等々、、。

アルファベットはそのまま発音し(他に発音の仕様もないが)、数字は日本語で発音する、これが法則に見える。

ところが、6ZP1だけは違う。ロクゼットピーワンなのだ。

なぜ、最後の「1」を英語で発音するのか謎である。

 

・芦屋さん

秋葉原ラジオストアの中央道路沿いの角に「トランスの野口」のオーディオ支店があった頃の話。

フルフェースのヘルメットをかぶり革ジャンを纏った小太りのおじさんが、500だったか125だったか、はたまた、250CCだったかは忘れたが、バリバリとけたたましい音をたてて歩道に乗りつける。

一目散に野口の店にやってくるや、対応に出たJH1GLNを相手に、一方的にオーディオや無線に関する薀蓄を一頻り披瀝すると、GLNが一言も発しないうちに、きびすを返してバイクにまたがり、爆音を響かせ疾風のごとく去っていく。

もちろん、何も買わない。

JA1FCJ、芦屋さんだ。

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・シャベリングマシーン

義理の兄弟から家業の繊維業の技術で特許をとりたい。ついては詳しい人に話を聞きたい。誰かいないかと相談を受けた。
早稲田の理工科出で、技術畑に勤め、CQ誌などに解説記事を執筆している芦屋さんを紹介した。

後日「どうでした?」と問うと、
一言、「よく喋る人だなー」

・森さん

中野近辺のモービルでアクティブな連中の集まりがNチャンである。

多くは二十歳前後の若者だったが(JH1XZUやJA1QWFも常連だった)、中には三十に届く者もいた。芦屋さんや福田さん、そして、JH1EUC森さんだ。

森さんは第一級無線通信士(プロ)でテレビ局(日本テレビ)に勤めていた。
ちなみに、第一級無線通信士(現在の第一級総合無線通信士)は司法試験と並び称せられるほど取得の難しい資格だったそうだ。(今は合格率3%くらいらしい)

アフリカロケで仕込んだスワヒリ語を仲間内に流行らせた。「ジャンボ」や「サンテサーナ」「アサンテサーナ」がNチャンに飛び交った。

時々しかNチャンを覗かない私には話が見えず、一ヶ月ほど声を出せない時期があった。

*右のQSLカードの原画像は画面クリックで別ウインドウに表示されます。

・プチ暴走族

「迷路マガイ」で世田谷区、保谷市、と並んで、全国に悪名をはせた中野区の狭隘で曲がりくねった裏道を、真夜中、屋根にアンテナを載せた数台の車が列を成して通り抜けて行く。

「Nチャン/プチ暴走族」のお出ましだ。

先頭は齢三十を超える森さん。
後続の車から無線でタバコが切れたという連絡が入ると、車を止めて窓から上半身を乗り出し、道路わきの民家のブロック塀の上にタバコを載せる。
ご丁寧にライターまで添えられてあった。

週に二、三度、夏になるとほとんど毎日、無線車の列が真夜中の中野界隈を疾走していた。
たちは悪くなかったものの、近隣住民には迷惑だったことだろう。

・モバイル

Mobilを「モバイル」と発音するのが最近のトレンドらしい。

大昔(1969年ごろ)21MHzで何度か海洋船舶移動の局と交信したが、彼らは「メラタイムモービ」とか「メラタイムモーボロ」と発音していたと思う。

しかし、1980年代には既に「モバイル」に変わっていたようだ。
日本モトローラに勤めていたJR1CTA倉田さんが、アメリカから出向してきたお偉いさん達を自分の車に同乗させ、車載無線を運用させると、、、
「モービル」じゃないんだよ、、どう聞いても、、「モーバイル」って言ってるんだよなー、、。

*右のQSLカードの原画像(横7035pix縦4850pix)は画面クリックで別ウインドウに表示されます*

・メラタイム

多くの母音と子音を持つ英語の発音を、母音5つに子音が10に満たない日本語で表すのは無理としたものだが、発音記号に未熟な身としては他に術がない。
そんな妥協の産物であるカタカナ表記「メラタイム」を補足したい。「メ」は「マ」と「メ」の間だが「メ」に近く、「ラ」も「リ」と「ラ」の中間で「ラ」の方により近く聞こえた。また、「ム」は唇を閉じた末尾子音なので、殆ど聞こえないほどの弱さだった。
「マリタイム」というカタカナ英語が頭にあったら、この「メラタイム」を「Maritime」と結びつけるのは難しい。

・ポーテュガル

他にも海外とのQSOで団塊世代の私には馴染みのない発音に出くわして面食らう事が多々ある。

その代表格?が「ポーテュガル」だ。
Pのフォネティクスとして使われる、この単語が日本で言われる「ポルトガル」であることを、私は最近まで知らなかった。
もっとも、これは「Portugal」の間違った発音を英語の授業で教えられたからではなく、多分、全く教わらなかったか、あるいは、多分、教わったのに忘れてしまったからだ。
日本ではポルトガル語での発音で表した「ポルトガル」が一般的なので、無線で耳にする「ポーテュガル」が英語「Portugal」であることに思い至らなかったのだ。

なでしこジャパンが海外遠征でポルトガルと戦った動画をyoutubeで見たときに、英語の実況が頻繁に「ポーテュガル」を口にするのを聞いて気付いたのだった。

・Hが消える

スペイン語やフランス語でHがサイレンサーになるのは知っていたが、英語でもHを発音しない場合があることはハムを始めるまで知らなかった。
このHの抜ける発音にも面食らった。何を言っているのかサッパリ解らない。
ついでに書いておく。スペイン語圏の局同士の(スペイン語での)交信を聞くと、彼等は(Hを発音しない代わりに)JやGをHでZをSで発音する。

その他にも、TやDがLになったり(flapping)、アメリカの東海岸の局はnewをヌーと発音する
14MhzバンドでWの局がCQを出している。「CQ トゥエニー」。7Mhzバンドだと「CQ フォーリー」だ。
そういえば、アメリカのTVドラマ「77 sunset strip(邦題/サンセット77)」の主題歌は「セヴ、セヴン、サンセット、ストゥリップ」だった。

VKの局はAをIと発音する(これはロンドンの下町の訛りらしい)。
私が開局した頃、VK2AKOという局が21Mhzバンドでアクティヴだった。
何度となくCQやQSOを聞いたがコールサインに確信が持てず呼べなかった。
「ヴイカイトゥーアイカイオー」と言っていたからだ。

ネイティブスピーカーの英語は、発音しなかったり、繋がったり(リエゾン)、文字での表現とは違った発音が殆どという印象を受けたものだ。

ポスト団塊以降世代に取っては常識であろう、これらの尽(ことごと)くが、団塊以前世代には非常識だったのだ。

・ローマ字表記の「A」と「I」

欧米人がローマ字表記を日本人の意図通りに発音してくれない代表格は「A」と「I」だろう。「ア」ではなく「エイ」、「イ」ではなく「アイ」と言われてしまうのだ。
「青木功」のローマ字表記「isao aoki」を「アイセイオ、エイオーキー」。これは有名?だ。

JH1ROJ 沼口さんは自分の本名でもあるハンドル「いさお」を海外局に説明するのに「esao」を使っていた。
「A」をアルファベットの読みのまま「エイ」と発音するのだから、「E」を「イ」と言ってくれても「いい」じゃないかというわけだ。
ところが、これがなかなかうまく行かない。
まず、「E」を素直に「イ」とは取ってくれない。次に、「sa」は相変わらず「セイ」と発音されてしまう。
これは困る。「イ」は「E」で何とか納得してもらえても、「ア」に対応するアルファベットが無いからだ。
つまり、「イ(−)」はアルファベットそのままの発音で「E」、「ア」は我々が学校で学んだローマ字流の「A」、この使い分けを欧米局に強いるのは難しい。
JAを相手にした欧米局のQSOを聞いていると、彼等は日本で一般的なローマ字流発音には馴染みがないようだ。
後に、沼口さんも諦めて「isao」を使っていたように思う。

・日本訛り

ラバースタンプとはいえWやG、VK、ZL等を相手に私の拙劣な英語が曲がりなりにも通じるのは何故か?
答えは簡単だ。
彼らは日本人の話す英語に慣れているのだ。発音の傾向、どのような言い回しをするのか?どのように間違うのか?を心得ている。
リスニングだけではなく、話し方も日本人向けの言葉遣いを選んでくれるのだ。
恐らく、日本人と一度も話した経験の無いネイティブの子供相手には、私の英語は全く伝わらないだろう。
また、分かりやすそうな言い方を探すといった気遣いの出来ぬ彼等の喋りを理解するのも容易ではないと思う。
これは立場を逆転して考えれば解る。
小学校4年か5年、テレビやラジオで外国人の日本語を耳にするようになった。始めは彼らの話が理解できなかったが、いくらも経たぬうちに解るようになった。
「彼らの日本語」が上達したのではない。私が「彼らの日本語」に慣れたのだ。

・語彙

JA1ANG米田さんが「How to QSO」のなかで「徒に単語を覚えるよりも正しい発音を身につけることの方が大切だ」といった趣旨の事を書いた。
これに対して異を唱える人がいた、今のCQ誌には巻末に読者の声のページがあるが、これに類するページに反論が載った。
海外と取引をしている会社に勤めている人だが、
曰く、「ボキャブラリーを増やすことが英語でのコミュニケーションをより充実させるには有用だと思う。事実、それを実践したことによって深く込み入った内容が伝えられるようになった。」

そーかなー?
交渉相手は日本人と会話を重ねる内に日本訛りの英語に精通したに違いないが、その相手に、更に一段と高いスキルを強いて、相手がそれに応えただけではないだろうか?
つまり、「オンブとダッコ度」が以前より高まって、相手がその重みに耐えただけではないだろうか?
情報交換の品位を上げる正しい方法は、この場合、上手な通訳を雇うことだと、私は思う。

・「嘘だーー」は、こちらの台詞

「何を今更、取り立てて論う事じゃあるまい」、、いや、断じて論(あげつ)らいたい。
なぜなら「英語の発音を仮名で表すのは無理だ」というと、三人に二人が「嘘だーー」と返すからだ。(ただし、全員が団塊世代)

これは、実に実に信じがたくも、実に実に実に驚くべき事実だ。しかも、彼らは最高学府の修了者なのだ。
「うそだ〜!」はこちらのセリフだ。

「英語には母音が19(しかも、その中の八つは二重母音、さらに二つが三重母音)に、子音が29ある」と、どこかに書いてあったが、 この組み合わせで成る英語の音節が(19×29で551通り、母音のみの19が加わって570通り*)日本語の50音に収まりきるはずがない

なかんずく、末尾が子音で終わる「末尾子音」などという厄介な代物がかなりの割合を占める。(子音のみが加わると599通り*) 日本語は「母音の付かない音節」を「ン」以外に持たない。その日本語の文字で「子音だけの音節」を表現するのは不可能だ。
「末尾子音」を正確に理解し習得するには発音記号を用いるしかない。しかし、実際の教育現場では端折られていたようだ。これを使った授業を、少なくとも私は受けなかった。

*注-数を示しただけであって、全ての組み合わせの音節が存在するとは言っていない。

・英語は不明瞭?

結果「英語の発音は曖昧で不明瞭」といった迷信が大手を振って罷り通った時代があった。そのようなことが書かれている英語の教本さえあった。(ついこの間まで私も持っていた)
音節の種類が多ければ、それぞれの差は小さいし、境が判然としない傾向は確かにあると思う。
しかし、聞き分けられぬ、あるいは、言い分けられぬ理由の全てをそこに求めるのは、どう見ても教える側の(時には教えられる側の)逃げだ。
その差を弁別して、聞き、また、話す能力、それを習得する機会を我々平均的団塊世代は与えられなかった。

かくして、、、中高六年間(人によっては大を加えて十年間近く)も、英語を授業で学びながら、「英会話の出来ない若者」が大量生産された。

・巨泉の英語

私は故大橋巨泉の話す英語が好きだった。口先でゴニョゴニョこね回して誤魔化したりせず、多分、間違いは間違いのまま、ハッキリと発音していて好感が持てた。
私が英語を使う機会は無線の交信だけだが、巨泉に倣って、極力、明瞭に発音するように努めている。
不正確でもハッキリ発音すれば、飴玉をしゃぶりながら喋っているような英語よりはネイティヴにも伝わりやすいと思う。
これが「英語の正確な発音」を学ばせてもらえなかった団塊世代の、精一杯の善後策だと信じている。

・2チャンネル

先日、FT8の申請方法について検索をしていたら、なぜか2チャンネルに迷い込んでしまった。

インターネット上の情報は玉石混淆と言われるが、ここは石の方が優勢かもしれない。
間違いだらけ。白地(あからさま)な曲解も、いわゆるフェイクも有る。

JH1AJT局とJH1ECG局がマゼコゼに語られているのには呆れた。
さらに、JA1IST名黒氏と、FTIの社長にしてペディショナーであるJF1IST藤原さんを同一人物として扱っている書き込みには笑ってしまった。

迷い込んだスレッドは有名局のアクティビティーについてらしいのだが、それらの局の英会話力に話題の70%位が占められていた。

多くは件の局達の英語をディスる内容だ。
2チャンネルには映像も音声もないので投稿者の馬脚が衆目にさらされる心配もない。だから、書きたい放題だ。
(最近は2チャンネルも映像や音声をサポートしているらしいが、少なくとも、このスレッドには見当たらなかった)
このスレッドの傾向だと、exJA1ANG米田さん(ハワイ生まれ)の英語でも英検3級並と揶揄されかねない。

Anyway、団塊世代のみならず、ポスト団塊以降世代も英語を自在に操ることは思うに任せず、格好いい英会話に憧れていることが、このスレッドでよく解って安心した。

・米塚さん

exJA2EZD米塚さんは世界を股に掛けて活躍するDXerだ(った)。

コールサインが私と一字違いのJH1EVE東山さんがQSLマネージャーを努めていた。

米塚さんは最初にお会いしたときから親しく話しかけてくれて、以降、交信の度にラグチューになった。
と言っても、喋るのは殆ど米塚さんだけで私は専ら聞き役だったが、話が面白くて私にとっては楽しい時間だった。

ある日の朝、21Mhzバンド、南米の局とのQSOを終えた直後に米塚さんに呼ばれた。米塚さんは世界中からQRVしていたが、そのときはWかHRだったと思う。

米塚さん「お願いがあるんだけど」
私「私に出来ることなら何でも、、」
米塚さん「新聞で中部電力の株価を調べて教えて下さい」

私「え?!、、、

当時はインターネットなんて影も形も無い。(日本国内での話。当時QSOしたWのQSLの殆どにはe-mailアドレスが載っていた)
国際電話は高いし、NIFTYやPCVAN等のネットは当時まだ実質的には海を越えられなかったと思う。 (CompuServe との接続は課金がとてつもなく高かったはずだ)

サイクル22のピークとはいえ、ハイバンドの伝搬は、いつ閉じるかしれない。
二階のシャックから階段を転げるように駆け下りて、居間に置いてあった新聞をひっ掴むと、大急ぎでリグの前に戻り、
今まで開いたことすらない株式市況のページから中部電力の株価を探し当てて、米塚さんに伝えた。
(厳密には目的外通信だが、許される範囲だと思う。)
その直後コンディションは急激に落ち込んで、バンド中、真っ白になってしまった。

・私のDXing

本格的にDXを始めたのは、サイクル21終焉の底からサイクル22が立ち上がりかけた1986年頃だった。
それ以前も海外の局と交信はしていたが、DXCCをはじめとするアワードやディプロマには全く興味が無く、交信エンティティー数も30に満たなかった。

仲間に促されて、1981年にKT22Sを建てたものの国内QSOも含めてアクティヴィティーは上がらなかった。
ところが、太陽活動の最低迷期であった1986年の春、突然、ミニマルチのデュアルバンダーをRC5A-3でぶん回すようになった。 (この一年半後に、アンテナは28Mhz6エレDualDrivenと21Mhz6エレLongJohnに変えた)

仕事に差し障りの無いわけが無いが、始めると、のめり込んで止まらない性分だ。
「駆け抜けたい」を広言し、二年半で現在の交信済みエンティティーの殆ど(といっても、300エンティティーと少し)を済ませた。
(結局「駆けて」も「抜ける」ことはできなかった。同時期、同期間に「抜けた」人も大勢いるようだ。つまり、一桁エンティティーから出発してオナーロール分ワーク)

ところが、1980年代末には、なかなかニューに出会えなくなり、1990年代に入ってからは、運用効率も著しく落ち込み、意欲も衰えて、アクティビティーは究極の尻すぼみとなった。

それでも1990年代を通して、自らを鼓舞しつつ何とか十エンティティー余り、また、2000年以降に増えたのは、50Mhzで交信したスプラトリー、メリッシュリーフ、ミャンマーと28MhzでWPXのときに交信した5X1Zの計四エンティティーだけという寂しさ。

未交信エンティティーは多くを数えるが、「やり残した感」はない。これで充分だと思っている。(交信エンティティーは消滅と不詳を含めて320弱)

しかしながら、未交信でも恥ずかしくないところは、マルペロ、ピーター1世島、ハード、北朝鮮、セーブル、セントピーター&ポールスロック、の六つくらいなもので、、
フォークランドを除くVP8やマウントアソス、マルタ騎士団などの初心者級レアスポットは疎か、加えて10エンティティー余りの雑魚クラスまでもが未交信エンティティーリストから外れていない。
だから、「やり残した感なし」を負け惜しみ若しくは只の開き直りと詰(なじ)られても反論は出来ない。

追記−5X1Zについては2019年10月中旬にSASEとグリーンスタンプ二枚を同封してマネージャーのSM6CASにカードを送り、11月初旬に届いた。QSOは2000年、実に19年後のコンファームだ。
また、5Xと同時に送ったXZ7AはDL7UFRから11月下旬に届いた。こちらはLoTWでもコンファームしている。QSOは2003年。

下の写真はJAで唯一の本格的DXer向け情報誌「59」

・私のDXCC (mixed 296 include 1deleted)

DXCCは面倒で申請していなかったが、ネットを彷徨っていて、DXCC online Application という便利な方法に行き会わせた。
カードを整理してみると301エンティティー分あったが(後になって更に数エンティティー分のQSLが押し入れやら引き出しやらから出てきた)、消滅や旧USSR地域と旧ユーゴスラビヤ周辺の扱いがよく解らない。
確実であろうと思われる290エンティティーをレコードシートに書き込んでJARLのフィールドチェックを受けたが、PJ7(但し PJ7A SintMaatin. Saba. St.Eustatus)が消滅で、当然のことながらCurrent にはカウントされないと指摘を受けた。
JARLからARRLに送付されたデータは従って消滅1エンティティーを含む290エンティティー分。ただし、ARRLの審査で全てが通るとは限らないと告げられた。

JARLに持ち込んだのが2019年1月上旬、ARRLの Data Recieved は Pending から1月31日に表示が変わり、更に何故か2月6日に変わった。2月16日現在、アワードは届いていない。
2月15日発表のStandingsにはMixedの288に載っている。 290の内2エンティティーが無効であったようだ。
ちなみに、DX Scape のリスティングによれば、288entityは、Mixed JA の1700位/3366局中。(2019年11月18日現在。)
参考までに、100エンティティーは3281位。同点が86局いる。従って3281+86-1=3366がJAでmixedのDXCCを取得している局の総数だ。

ところで、この Standings で知ったのだが、JA には驚くなかれ、Mixed の Honor Roll が951局!もいる。(2020年2月25日現在)
本家本元 USAの2636局は別格だが、三位=DLの250局を大きく引き離している。

しかも、JAのオナーロールの三分の一強、318局がナンバー1オナーロール!!(この割合は他国を圧倒している、Wはオナーロール2636に対してナンバー1オナーロールは601)
つまり、JAで Mixed の DXCC を取得している局の、四分の一以上が Honor Roll 、そして、ほぼ、十一分の一がナンバー1オナーロールなのだ。

なんともはや、、 ス.ゴ.イ.デ.ス.ネー !!

Certificateは3月20日に届いた。ちなみに、無効の2エンティティーは、C31LBL と 5T5DX 、共にドキュメント未提出。

なお、2019年11月現在、エンドーズメントを10エンティティー申請中。これが通ったら、さらに6エンティティー追加の予定。

2020年1月10日に8エンティティーが認められて、296エンティティーになった。無効の2エンティティーは paper work が届いていないので不明。

paper work は2月12日に届いた。申請を提出してからキッチリ三ヶ月半掛かるもののようだ。
2エンティティーが削がれたのは、前回分で既にカウントされていたセルビアを、重ねて、それも、ご丁寧に二枚も申請したためだった。
セルビアは交信当時は、多分、ユーゴスラビアの一部であったと思うが、それが、いくつもに何度も、分かれたり、くっついたりしたようで、コンガラガッテしまった。

今(2020年3月)、6エンティティーのエンドーズメントを準備中だ。これが通れば302になる計算だが、今回は怪しいエンティティーが大部分。どうなることやら。

・50MhzDX

世紀末のある日、突如、50MhzDXに嵌った。

1999年の一月、15年間愛用した21Mhzの6エレと28Mhzの6エレを下ろし、CL610A(50Mhz10エレ)を上げ、 さらに翌2000年の春には、もう一枚足して段スタックにした。

しかし、RIGが故障で5ワットしか出ないIC-729だったので、聞こえはするものの順番待ちの挙句にあぶれるという惨めな日々だった。

その対策と将来のEMEに備えて作ったのが写真の<4X150I2>。


このアンプは実戦には使わず仕舞いだった。変更申請が可能になる前に50Mhzに飽きてしまったのだ。

今でも押し入れの隅で眠っているが、この先起こすことはないと思う。

まず、アンテナがない。(10エレ二段は2010年に下ろしてしまった)
屋根馬に上がった3バンドGPが50Mhzでも使えるが、燃えてしまうだろう。
例え、アンテナを手当てしたとしても、変更申請が無理。
当局の100M以内には40所帯程が暮らしていて、その全てから判子をもらうことは不可能だ。
奇跡のごとく判子がもらえるか、あるいは、また、奇跡のごとく、野中の一軒家が手に入れられたとしても、
10Wの押しで500W出力を発振もせず歪みもせず安定して得られる半導体アンプにアドバンテージを認めると思う。

注-完成前に写真を撮らなければならないはめになり、未配線だったパラ止め用の抵抗を手持ちの酸金で間に合わせた。(もちろん後でソリッドを入手し交換)

50MhzはVHFだ。DXに関しても当然ながらHFとは様々な点で異なる。それらについて思いつくまま書いてみたい。

  • HFに比べて波長が短い。

    1-だから、アンテナのエレメントが短くて済む=多素子化が容易=アンテナでゲインが稼げる。

    ハイパワー局がHFに比べて少ないのは、このせいだと思われる。

    2-だから、QROは少し大変

    アンテナの高性能化は容易だが、QROは逆に厄介だ。これもハイパワー局が少ない理由だと思う。
    使える素子が限られる。尤も今はVHFで数百ワットを吐き出す石があるので問題はないかもしれない。
    昔、50Mhz専用のミディアムパワーリニアアンプを制作したが、100W以上は、ほぼ真空管(それもCpgの小さい真空管)の一択だった。
    しかも、グリッドをパスコンで接地し直流バイアスを加えるAB級GGを採用せざるを得なかった。
    中和を取って低電力(電圧)でドライブする等という上品な構成は私のスキルでは無理だった。
    しかし、これがHFだったら、だいぶ事情が違っていたと思う。

  • 開け方が変わっている。

    まず、たまにしか開けない。これが一番の特徴。
    地上波はDXに関係ないし、対流圏波についても、はっきり、それと言い切れる伝搬には出会っていない。
    太陽活動盛期のF1層とスポラディックE層が50MhzDXのスポンサーだが、どちらも気まぐれだ。
    開け方が地理的にも時間的にも非常にスポッティー。
    極めて短いオープンで、しかも、
    シドニーは聞こえているのにニューカッスルは聞こえないとか。所沢では聞こえないのに狭山では聞こえているとか。

  • バズ音はオープンのパイロットにならない。

    テレビの映像信号と言われている、あのバズ音。
    突然現れて、数キロヘルツおきに9+で並ぶ。どこか聞こえてきそう。期待を持って当然だが、
    私の経験では、少なくともDXのオープンとは殆ど関係がなかった。
    バズがバンド中にひしめいているのに、DXはどこも聞こえない、または、 DXがガンガンに聞こえているのに、バズは欠片も聞こえない。
    バズとDX、同時にも、入れ替わって聞こえることも稀だった。

  • 下の写真は1999年から2002年まで、毎日つけていた50Mhzノート。この三冊の他もう二冊ある。

    この項は、書き足して行きます。

    ・逆質流れ

    我が家の二階の一番奥の部屋、窓の手摺とサッシ戸との僅かな隙間に、ペンキの丸缶が置いてあった。
    同軸コネクタで蓋に固定した無誘導抵抗を缶本体に満たした鉱油に沈める仕組みの油冷ダミーロードだ。

    某ハムの自作だが、私の直前の所有者はJA1QWF-OMだった。何かの人質(かた)だったと思う。
    何故、そのような半露天に置いてあったかというと、油が漏っていて室内を汚すからだ。

    このダミーロード君、廃棄される前の唯一のお努めが、上述のリニアアンプの調整だった。

    油漏れダミーロードが何の人質だったかは忘れたが、上野さんとは、この手の貸し借りを何度もした。(売買や交換ではなくて、貸借)

    大方が「交渉」ではなく「命令」に近かった。
    こちらの要求を言を左右に巧みにかわして(というより無視して)、欲しい機械や部品を「あれよ、あれよ」という間にさらって行ってしまう。

    代わりに何かしら置いていくのだが、どう使えばいいものか途方に暮れるアイテムばかりだった。

    一番酷かったのは、3KV/1Aのトランスをもっていかれた時だ。
    だって、あなた、トランスはセットに実装してしまうものなのだから、戻ってくるはずがないではありませんか!
    端(はな)から「質流れ」が決定しているようなものだ。
    いや、この場合、強引に抵当を押し付けて持って行ってしまったのだから「逆質流れ」と言えるだろう。

    この時、上野さんが置いて行ったのは「ロボット」だった。
    当時SSTVには全く興味がなく、悩んだ末に「押し入れの肥やし」がファイナルアンサーだった。

    もっとも、このような不公平なやり取りに、それほど憤慨していたわけではない。
    私に有利なケースも結構あったし、むしろ、楽しい思い出だ。念のため

    ・怪!!

    怪事件は起こった。1977年頃には間違いないが、正確な日時は覚えていない。

    Nチャンメンバーで7のコールを持つ人が日本印刷電信に努めていた。その人の伝(つて)で中古のASR-32が安く手に入るという。
    JA1QWFに誘われて北池袋の社屋を訪ねた。RTTYには、それ程の興味はなかったが、廉価多売の買い手側員数揃えに協力したのだった。

    機械は、かなりデカくて重く、車への積み下ろしも楽ではなかった。
    それでも、二人がかりで二階のシャックに運びこみ、"The quick brown fox ,,, "を打たせてみると、、やはり、これが面白い、、。

    翌日、さん孔テープでテキストを打たせるテストを始めたところで階下から呼ばれた。
    30分ほどで用事を済ませ、シャックに戻ると、ダンダンダンという、けたたましい動作音の中、何かしら辺りの様子がおかしい。

    その違和感の正体が判ったときには背筋に冷たいものが走り身震いした。顔から血の気の失せるのが、本当に、はっきり判った。

    窓際にピッタリ寄せて据えたはずの機械が壁から30Cmも離れていたのだ。

    もちろん振動で自ら移動したのだが、それは後で判ったことで、その状態を見た刹那は、何者(物の怪?)かが侵入して動かしたとしか思えなかった。

    この怪事件を後日、上野氏に話したら、こともなげに「ああ、それね、ASR-32は歩くらしいね、」

    ・ユアトとファイフォ

    徘徊は足元を固めてしまえば簡単に防げるが、この暴力的な騒々しさは何とかならないものか。
    答えは一年も待たずにもたらされた。追随するのに骨が折れるほど足早な電子化だ。

    それでも始めは機械式を端末に使うしなかった。つまり、騒音は少しも改善されない。なのに厄介な新参者が現れたのだ。
    「ユアト」と「ファイフォ」だ。「ゆあと〜?」「ふぁいふぉ〜?」なんじゃー?そりゃー?
    ユアトはUARTで波形整形、ファイフォはFIFOでコード間隔の一定化、なのだが、詳しい説明は省くというか、未だに「よくわからない」
    UARTとFIFOを、その主な構成要素とするUT4は既製品などあるわけがなく、主要部品(全部品ではない)を揃えたキットをWから輸入するのが最も楽な方法だった。

    「さあ困った」、「さあ大変だ」、と心配する暇も必要もなかった。なぜなら、メーカー「TONO」がRTTY用のターミナルを立て続けに開発し発表したからだ。

    ・Only rumor is keyword

    稀少エンティティーの稀少たる所以は、政情が不安定だったり、あるいは、法制上の規約が厳しかったりで、運用許可取得が難しいとか、また、僻地故に渡航や運用に関わる経費がかさみがちで、常駐局は言うに及ばず、ペディションもすんなりとは実現しにくいことだ。

    プランだけで終わってしまうケースもままある。

    特に、ウオンテッドエンティティー、トップ10に数えられる地域のQRVは、期待も大きいため、様々な噂が飛び交い、何が本当で何が嘘なのかサッパリ見えなくなる。

    かくして、各種DXnews、bulletinに、この言葉が乱舞する。

    Rumor, Only rumor is keyword.

    原典はハムではなさそうだが、考えたのは誰なのだろう? DXbulletinで始めて目にしたときには腹を抱えて笑った。

    アマチュア無線家の夢

    W9KNI Bob Locher の著書 The Complete DX'er は、DXingの面白さを余すところなく顕した楽しい本だ。

    Chapter毎に1ページを占める挿絵も効果的に使われている。

    中でも126ページは秀逸。

    ここにはアマチュア無線家の夢が描かれている。

     

    サイクル22/まっただ中/#1

    秋のDXシーズン、夕方から夜に掛けて、21Mhzに連日アフリカが入感した。

    その日も、中近東から始まって、徐々に深いところに移り、六時過ぎには、ついに弱いながらも9Q5が聞こえ出した。

    ところが、弱すぎてサービスが捗(はかど)らない。

    そこに、こうしたときの「お助けマン」JH1EDB局が颯爽と登場、、
    「今からリストを取ります」「サフィックスの頭2文字で呼んで下さい」

    どパイルの中、数分間「エコー ビクター」を連呼して、ようやくリストに載り、、

    「それでは、これから、ワン/バイ/ワンで、進めてゆきます」

    固唾をのんで番を待つこと暫し、、
    「、、Good Contact、、それでは、次、エコー ビクター Make Your Call、、」

    勇躍!! 足踏みスタンバイを押そうと思った刹那、、誰かが先に出た!!!

    「ありがとうございます、、This is Juliet Henry One Echo Victor Echo 、、」

    あれ!、なんで、東山さんが!?!?

    430の連絡チャンネルで、すぐさま抗議、、

    「東山さん、東山さん、、いつリストに載ったの?、リスト取っているときには声聞こえなかったけど、」

    「いや、、今シャックに上がってきて21スイープしてみたら、、」
    「EDBが、、エコー ビクター Make Your Call って言うもんで、、」
    「これは、なんか、気を利かしてくれたのかなと思って、呼んじゃった、、」

    お、お、おのれ!! 不埒な!!!

    「こっちは苦労してリストに載って順番を待っていたのに、、」

    「わりー、わりー、ところで今僕がQSOした局のコール教えて」
    なにーーー!!! 「9Q5NWだよ」、、腹を立てながらも、教えてしまうんだから、私も人がよい、、

    「9Q5NWね、ありがとう、、それで、リスト取ったのはどれくらい前?」
    「10分以上前!」
    「そうなんだ、、10分前にリスト取りと、、ログの備考欄に書いておこう。」
    「と言ったって、、そのころは会社帰りの電車の中だ、、ははは、」

    なんつー鉄面皮!!!

    これは、しこたま文句を言ってやらねばなるまい、と、プッシュトゥートークを握ろうとしたら、佐伯さんが出た。

    はははは、、EVE、それはEVFに悪いよ、、ははははははははははははははははははははははは、、

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    ・サイクル22/まっただ中/#2

    これも秋のDXシーズン。早朝の21Mhzにアフリカが一週間ほど連続して開けた。

    夕刻のオープンほど強くはなく、開ける地域も限られてはいたが、平日は呼ぶJA局も疎らで交信しやすかった。

    しかし、土日となると話が違ってくる。

    土曜の5時過ぎ、東山さんにかすめ取られたエンティティー9Q5が入感!(ただし別の局、9Q5UN)

    土日DXerが入り乱れての大パイル。
    しかし、信号が異様に弱くてスタンバイも定かではなく、誰も取れない。

    これは、、もしや!?
    大急ぎでローテーターコントローラーのツマミを動かす、、
    西に向けていたビームを東に、、180度なので、時間が掛かる。

    30度にさしかかった辺りで、Sがドラスティックに上がってきた。

    ここで新たな問題勃発!!
    ショートパスに向けたままで呼び続ける圧倒的多数の23区内の局達に対して、こちらは東向けビーム。
    両者の位置関係は、所沢の東に23区、、、
    お見合い!!!
    しかも、オンフレ。相手の送信中も呼び続ける大勢の都内局で{S9+30db}。

    かといって、ロングパスであることをアナウンスするのは癪だし、かえって混乱を招きそうでもある。

    このような時に限って、横須賀の斉藤さんも、横浜の宮沢さんも、北海道の関さんも現れない。

    ・フリーズ

    パケットクラスターのTalkでJA1SJVソロさんとチャトしている最中に生理現象、、
    「chotto toile」と断りを入れてからお手洗いへ、、(初期のクラスターは英数のみ)

    用を済ませてコンソールに戻り、、
    「omatase shimashita」、、、

    「zuibun nagakattane」 「 hyottoshite?,,」、、、

    「hai,, Big Ben desu,,」

    突然、、クラスターのコンソールは行の頭でカーソルが点滅するだけのシンとした画面になり、、それが一分近く続いた、、
    私はてっきり、コンピューターがフリーズしたのかと思った。

    時を同じくして430の連絡周波数で数人が入り乱れて喧しく交わされていたラグチューもピタッとやんだ。
    彼等は全員、クラスターを常時ワッチしている。
    (ラグっているとき彼等は1.2Ghzか144Mhzのポートに繋いでいた、私もこの(430Mhzの)連絡周波数はデュアルワッチしていた、パケット送出時はもちろんミュート)

    何とも名状しがたい静寂がそこにはあった。

    ちなみに、、JA1SJV局は、かなり上位の Number 1 Honor Roll、DXCC challenge 2832 の スゴイ DXer です。
    ヨーロッパICOMの元社長さんでもあります。(現在はリタイヤされて無線三昧の模様です)

    ・秘話装置

    ハムの通信には秘話性がない。そもそも意味を隠すために暗号化することは無線通信規則で禁じられている。

    符号化してやりとりする方式もあるにはあるが、コードは全て公開されている。
    いや「公開されている」という言い方は正確ではない。
    正しくは「隠そうとされていない」のだ。
    法律を引くまでもなく、何事に付け「秘密」はアマチュア無線に馴染まない。

    しかし、人に聞かれると余り都合の良くない話を空でしたいときも、たまにはあるものだ。
    実践はしないまでも、秘話の手段についてはハム仲間の語らいでよく話題にのぼる。

    ある日の某局の仕事場。その場にいたのは、某局と彼の友人(ハム)そして私。

    友人氏が突然「秘話装置のアイデアを思いついた」と口を開く。

    私が「どんなの?」

    友人氏、「音声のスペクトラムを逆転するんだ」
    「音声帯域の上端と下端をスペクトタムごと、ひっくり返す、例えば、3Khzを500hzに、500hzを3Khzに、、」

    私、「、、、、、、、、、、、、、、、、、、、」

    某局、「オトーサン、どうしちゃったの?急に黙り込んで?」

    私は「それ」を言うべきか言わざるべきか迷っていたのだ。

    「それ」とは、つまり、、「、、USBとLSBの関係じゃない?、、」

    結局、言えなかったが、もし口にしていたら、恐らく、気まずい静寂が訪れたことだろう。

    ・ホープ軒

    神宮球場の近くにホープ軒というラーメン屋があった。(1970年頃)今でもあるかも知れない。

    古くからの将棋仲間、浅沼君、松田さん、と、新宿道場がはねるまで勝ち抜きで散々将棋を指した後、浅沼君の案内でホープ軒に寄った。
    ギトギトの豚骨スープに分厚いチャーシューがドッサリ。麺も二玉分近く入っていて丼から溢れそうだ。

    それをNチャンに周知したから、たまらない。
    ほどなく、Nチャンメンバーのホープ軒詣でが始まった。夜の十時を過ぎてホープ軒に行けば、Nチャンメンバーの誰かに必ず会った。

    JH1DAN土屋氏の考察に基づく「ホープ軒で夜食をとる場合の心得、全二箇条」

    *「こ、、これは!、、食い始める前に、麺で腹をいっぱいにするか、チャーシューでするか、まず決めなくては。」
    *「全部食ったら、腹壊す」

    ・「ハンドルネーム」は「馬から落馬」

    ハムの世界では海外局との交信のさい、自分を紹介するのに本名ではなく「ハンドル(handle)」を使う。
    「My handle is Nack」といった具合に。

    40年も前の話だが、これを「ハンドルネーム」と言う局が後を絶たず、
    exJA1ANG 米田さんは、CQ誌に連載されていた自らの稿の中で、
    「ハンドルには、名前という意味が最初から含まれている。」と繰り返し書いて啓蒙に努めていた。
    その結果、少なくとも海外局との交信を主に運用する局の間では「ハンドルネーム」という言い方は殆ど使われなくなった。

    ところが、インターネットには「ハンドルネーム」が氾濫している。
    猫も杓子も「ハンドルネーム」。圧倒的多数で、抗いようがない。

    「ハンドル」だけで切り上げたりしたひには、「変わり者」と後ろ指をさされそうだ。

    ・Computer AIDed

    コンピューターとリグを繋いで運用できるモードは一通り試してみようと思っている。

    高機能で使い勝手の良いプログラムを作成し、しかも、無償で提供してくださるOM諸氏には深く感謝しています。

    ・FT8

    三年ほど前(2020年の春)から、下のように、JTDX,JT-Alert,JT-Linker,HAMLOGの組み合わせで、FT8を運用している。

    リグとコンピューターは、
    2M,70Cm,23CmがIC-9700と/i-8700(6コア12スレッド/3.2Ghz)/RAM8Ghz//WINDOWS11
    HF+6MがIC-7300と/i9-9900k(8コア16スレッド/3.6Ghz)/RAM16Ghz//WINDOWS11
    設定等はリグのプリセットも併せて、次回更新時に紹介する。

    ・DSCW+HAMLOG

    DSCWはとても便利。インストール前の予想より遥かに高機能で使いやすい。

    自動解読は使ったり使わなかったり。

  • 使わない理由は、CQへの応答を取るとき弱い局を解読可能レンジに合わせるのに手間取るから。
  • 使う理由は、私が「LID」だから。
    「早すぎるCW」は、もちろん、「遅すぎるCW」も私は取れない。「程よい速さのCW」しか取れない。
    従って、「DSCWの自動解読機能」は間違いなく強い味方だ。
  • ・DSCW+CTESTWIN+HAMLOG

    DSCWをCTESTWIN、HAMLOGとリンクさせて、コンテストにQRVするのも面白い。

    パドルは併用したほうが良いようだ。
    マクロの選択、「his call」「rcv nr」にキーボード入力したり、受信ウインドウからのドラッグアンドドロップ、など忙しく、
    たまに、送信テキストのキーボード入力もしなければならない。
    呼び出しや交信の最終ターンをパドルで補助すると楽だ。

    本格運用はまだしていない。とりあえず、次の「関東UHF」で試してみようと思っている。

    ・MMSSTV

    MMSSTVもインストールしてみた。受信はFBにできているが、交信は未だ。

    普段、このモードに出ている局は殆どいないが、JASTA SSTV CONTESTは一か月間の長丁場なので多くの交信を見た。

    その最中、SSB局が文句をつけているのを何度も聞いた。
    「混信になって困る。画像をやり取りするならネットを使え。その方が高品位の絵が送受できる。」

    これはおかしい。
    通信の品質に拘るのなら、彼等は、なぜ?
    不安定な伝搬状態のHFでSSBという音質の良くないモードを使ってハーフデュプレックス通信をしているのか。
    電話を使えばよいではないか。
    電話はフルデュプレックスであり、音声周波数域の明瞭度もよく、混信は皆無だし、雑音で了解度が落ちることもない。

    趣味であるアマチュア無線の通信に(楽しさではなく)実務的な品質を高い優先度で求める。
    極論かもしれないが、このような局は免許を返納した方がよいと思う。アマチュア無線を運用する理由がないからだ。

    ・MMTTY

    MMTTYも使っている。数十局、交信している。

    ・MMTTYonCTESTWIN

    CTESTWINをMMTTYモードで使う。
    QSOが捗る。非常に使い勝手が良い。多くのコンテスターが使っていると思う。私自身は試用段階。


    以下、気が向いたときに加筆。


    Profile

    コールサイン JH1EVF 1967年 開局
     
    オペレーター  中森 進一 Hundle SIN
     
    従事者免許 第一級アマチュア無線技師
     
    設置場所/常置場所  埼玉県所沢市
     
    局免許

    移動する局
    1.9Mhz〜21Mhz CW SSB DIGITAL 50W / 28Mhz〜430Mhz CW SSB FM DIGITAL 50W

    移動しない局
    1.9Mhz〜50Mhz CW SSB FM DIGITAL 100W / 144Mhz+430Mhz 50W 1.2Ghz 10W CW SSB FM DIGITAL

    出力について
    高出力を要するアマチュア無線のカルチャーは二つあると思います。

    一つはEMEです。
    しかし、昨今、ディジタル通信の進歩が目覚ましく、昔の様なハイパワーは要らなくなりました。
    そもそも、私はEMEにさほど興味がありません。

    今一つはDXです。
    HonorRollでも目指すのならKWは欲しいところです。
    DXは競争なので、ディジタル技術の補助も、交信局同士の協力を旨とするEMEほどには役立ちません。
    長年パワーの壁に阻まれてきた身としては、壁の向こう側に立ちたい気持ちも多少はあります。 50Mhz帯では故障で5ワットしか出ないIC-729で悪戦苦闘しました。
    しかしながら、現在、DXにも興味が希薄で、面倒な手続きに手間暇を掛けてまで、200Wを超える出力を申請する気はありません。

    アクティビティー

    常置場所 - 3.5Mhz〜28Mhz (IC-756 & IC-7300 100W) CW SSB FM DIGITAL/ 144Mhz,430Mhz,1.2Ghz (IC-9700 50W,50W,10W) CW SSB FM DIGITAL
    常置場所に上がっているのは、オールバンド対応のワイヤーアンテナと 430Mhz 20エレ 二列二段、430Mhz SwissQuad 二列二段、1.2Ghz GP、144Mhz+430MhzのデュアルバンドGPが二本

    データ通信 - [SCU-17+NRD-515+NSD-515+DynaBook] という古色蒼然たるラインナップでFT8とFT4をワッチしています。たまに交信もします。
    2020年7月にIC-7300を購入して以降、交信にもアクティヴになりました。7.041で三日間WAJA、3.531でも一週間でWAJA完成。また430.510では6を除くディストリクトとJCC300など。
    ちなみに、7.041と3.531は初めてのQRVでone day WAJAが狙えます。ただし、二回目以降の言わば「新入りモード」が終了した後では難しいでしょう。
    [Θ777+IC-756+O'zzio]でRTTYを見ることもあります。ごく稀に交信もします。2022年からは、IC-7300にCTESTWINのMMTTYモードでコンテストに参加するようになりました。

    移動とモービル - 7Mhz〜50Mhz (FT-891 50W) CW SSB / 144Mhz+430Mhz (IC-820D 50W) CW SSB FM
    移動運用は車での主に山岳移動。バンドは50Mhzと430Mhzが殆どです。
    ただし、アクティヴではありません。それでも、十年位前までは月に一度のペースで移動していましたが、今は年に一、二回です。
    アンテナは、50Mhzが4エレHB9CVの二段スタック、430Mhzが10エレスタックです。X50を携行することもあります。

    モービル運用のアンテナは、ハッチバックの左右のヒンジ付近に取り付けた二つの基台の一方に144/430のデュアルバンダー。
    もう一方はHFと50Mhz用。基台根元で車体に接地を取ってあります。こちらは、バンドチェンジの都度、モノバンドヘリカルホイップを挿げ替えています。
    ヘリカルホイップは10Mhzを除きWARCバンドを含む7Mhzから50Mhzまでの全バンドを揃えています。

    DXCC Certificate(include deleted) = 296 Mixed
    2021年5月7日現在、未申請の内、確実なエンティティーが7あります。5A、9A、C5、ANTARCTICA、E7、ES、XZ。(他、通りそうもないエンティティーが10)

    eQSLに加入していますがDXCCに使えません。なので、先日、LoTWにも登録しました。

    アワードとディプロマ
    [AJD][AJD Phone 50Mhz][AJD 430Mhz Saitama-pref][WAJA Saitama-pref]
    [JCC400 1area][JCC500 1area][Golden Jubilee of DXCC][MARL][EP-AA]
    [WAC Phone 50Mhz][DXCC Mixed][WAZ phone 21 Mhz][DUF][ADXA][ABC][CIA] 他


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